小学校に行き始める頃だろうか
徒歩で約15分程度。
灯りのない
森を抜けたスコシ先へと習い始めたのは
「硬筆」
硬筆なら、おじいちゃんにと思うくらい字が抜群に上手かった
石垣に立てかけた注意喚起の札もおじいちゃんの力作だ
近くのお地蔵さんや寺の札には、おじいちゃんが書いたもの
私はおばあちゃんの声も匂いも手の温かみも知らない
それは、おじいちゃんがニゴウサンとして婿に来た責任感と
早くに妻を亡くしたことへの供養の思いからなのかもしれないということを
大人になってから感じたものだ
幼いことは、何となく意味は分からなかったのだけれど
見上げるとおじいちゃんの何らかの思いを感じ取っていた
字は、人を語るというが
人を優しさに包むほどの字を書いていきたいなと感じていたものだ
そうは言っても
なかなか硬筆は、奥が深い
最初は、ピカピカの文房具に心が躍り
真っ白の1枚目の紙のはじまりは何と気遣って綺麗に書いたのだろうか
今でもその緊張を体で覚えている
何を書いたのかは忘れてしまったけれど
ひらがなだってことは覚えている
そうそう
おじいちゃんのお手製のひらがなボードのおかげですっかり名前も書けるようになっていて
先生に褒められた
先生なのだけど「おばちゃん」って呼んでいたのは
「硬筆のおばちゃんだよ。」って言ってたから先生に直すタイミングを逃してしまったままだった
おばちゃんは、いつもニコニコ包んでくれる
辞めるまで
怒られたこともなく
怒ったところも見たことがない
優しい品のある先生だった
「この字、とっても良いね。」
とにかく褒めてくれて
朱色の筆でハナマルをたくさんくれたんだ
畳と墨の匂いと古い紙の臭い
文房具関係は、昔から大好きだから
この臭いもどことなく好きだった
落ち着くんだ
どこか懐かしくなる
古びた座布団と膝が少し入るくらいの机に向かって
正座をして
風を感じながら1時間集中して書き続ける
し…ん。とした静けさの中で
どこからともなく流れてくる自然の風は何とも気持ちよかった
「道」の世界に触れた時間
この世界はいつだって心地良い