本日の函館速報♪
朝市のうに丼
なう

雪中行軍の歳さん野営地、微かに硫黄の臭い川汲(かっくみ)温泉
は、日帰り温泉\400営業中!

四稜郭にやってきました。歳さんの足跡は無いのですが、一聯隊長松岡四朗次郎さんの奮戦振りが書かれた説明板は、反乱軍贔屓?(^O^)


歳三ホタテバーガーは、五稜郭公園店とベイエリア店の、ラッキーピエロしか無いそうで、本日2店舗めで3ケゲットなり(*с*)

続いて現在のこの説明板の位置が、千代ケ丘台場(陣屋)の入口の位置になります。
あの明治2年函館総攻撃の5/11!
五稜郭を出た歳さんは、この台場守備中島三郎助さんに声掛け後、一本木関門へ死出の旅路を向かうのでした。

その中島さん父子も、5/16に台場で戦死しました。ちなんで台場があった町は中島町とネーミングされ、この碑も中島町36の交差点にあります。地元横須賀市浦賀出身の英雄なのです。


なう
雪中行軍の歳さん野営地、微かに硫黄の臭い川汲(かっくみ)温泉
は、日帰り温泉\400営業中!
四稜郭にやってきました。歳さんの足跡は無いのですが、一聯隊長松岡四朗次郎さんの奮戦振りが書かれた説明板は、反乱軍贔屓?(^O^)


歳三ホタテバーガーは、五稜郭公園店とベイエリア店の、ラッキーピエロしか無いそうで、本日2店舗めで3ケゲットなり(*с*)

続いて現在のこの説明板の位置が、千代ケ丘台場(陣屋)の入口の位置になります。
あの明治2年函館総攻撃の5/11!
五稜郭を出た歳さんは、この台場守備中島三郎助さんに声掛け後、一本木関門へ死出の旅路を向かうのでした。

その中島さん父子も、5/16に台場で戦死しました。ちなんで台場があった町は中島町とネーミングされ、この碑も中島町36の交差点にあります。地元横須賀市浦賀出身の英雄なのです。


桃山から深草を歩く!
大正時代は明治御陵参拝の、JR奈良線桃山駅から、大手筋をスタート!
春、駅の枝下桜がとても立派です。


大勢の早朝ジョガーや散歩の方と、のんびり挨拶交わしながら砂利道を15分♪。
明治御陵です。

ここ古城山は、実は太閤さんが居た伏見城本丸の跡地ですって。
西の木立を抜け、木亘武御陵手前を右に折れれば、

キャッスルランド跡地の運動公園から、伏見城北堀遺構の公園へ。



この先は深草地区です!古御香には、太閤さんによって桃山に移転させられる以前の御香宮と、真のかんむ御陵という陵墓参考地が。
墨染街道を西に行き、伏見街道、すなわち本町通りと交差すれば、腰痛近藤さん縁の藤森神社や、近藤さんの狙撃地点、墨染!



額を外した、悪者?近藤さん(>_<)


墨染の南、R24のどんつきには、関電の水力発電所があり、蕩々とした流れの疏水は小さなダム湖になっています!

京都桜ガイドブックにも載る、疏水は桜の名所!

昭和の桃山城は、夜もライトアップ!

京阪藤森から東へ向かえば名神高速脇に、平安初期承和の変により、天皇直系復活を画策した仁明御陵。


名神高速を越え、鎌倉時代までの藤原氏のテリトリー東山通りをゆけば、奈良線沿いに鎌倉時代から戦国時代までの、持明院統の皇室十二帝陵と、平安時代創建の元号寺を受け継ぐ嘉祥寺!

嵯峨野大覚寺統と対立した、持明院統を文保の和談により、鎌倉幕府は何とか収めようとしたのですが、南北朝の戦乱に突入、皇室は大覚寺統南朝は衰退、持明院統北朝は窮乏。結果、さらに皇室は力なく、江戸時代の国学勃興まで、武家の軍事政権が続くのです。
そこに見え隠れする、公家の暗躍。京都らしい、京都の歴史があります!
奈良線を北に向かえば、R中高の北隣は、GW特別公開で中へ上がった宝塔寺!


関白藤原基経縁の真言宗極楽寺が前身で、鎌倉期に日蓮宗に改組。

西向き境内からは、院政時代鳥羽離宮の優雅な池が、眺められたことでせう!


いろは丸と因島村上水軍の旅!その1
昨日は鞆の浦から尾道へ、いろは丸と因島村上水軍の旅を、ミニクルーズ船
でしちゃいました!
3月以来の常夜燈聳える鞆の港と町を、桟橋から見ています!

さて出航です。足利尊氏さんも、京を追われ博多で再起、京へ進軍の時、ここ鞆へ往復寄っているのでしたね!

いろは丸沈没地点が、見えてきました!左の走島右の淡い宇治島の後ろです。現在も瀬戸内航路になっていて、船の往来が激しい場所です。手前にはしけを引っ張るタグボートが、本船に並航しています。

あぶとの瀬戸です。断崖に観音さまが!
瀬戸とは陸地どうしが接近し、船からみると航路の関門、てな感じです。

福山市常石の造船地帯です。なんと昨年引退したバブルの象徴、横浜港大桟橋で散々拙者も目撃した、国産クルーズ船2万3千トンふじ丸が、船名を変え修理中でした!


明日行く因島と今泊まっている、向島が見えてきました!
続いて福山市の松永湾に!

右海中になんと茶砂の浅瀬が、アブナイ・アブナイ(>_<)
尾道の大橋が見えてきた船内。船長も因島村上海賊の末裔なので、このお仕事していると宣っております(^.^)b

今日走る、しまなみ海道の尾道大橋、新尾道大橋を潜れば尾道水道の狭き航路!あっという間に、尾道の桟橋着。有難う!

向島から見る尾道市役所辺り。

右ロープウェイ、左お城型ホテル、尾道らしい風情\(^O^)/

同じ場所が
夜になると!

ムチャクチャ夜景スポットなのでした(*^_^*)
でしちゃいました!3月以来の常夜燈聳える鞆の港と町を、桟橋から見ています!

さて出航です。足利尊氏さんも、京を追われ博多で再起、京へ進軍の時、ここ鞆へ往復寄っているのでしたね!

いろは丸沈没地点が、見えてきました!左の走島右の淡い宇治島の後ろです。現在も瀬戸内航路になっていて、船の往来が激しい場所です。手前にはしけを引っ張るタグボートが、本船に並航しています。

あぶとの瀬戸です。断崖に観音さまが!
瀬戸とは陸地どうしが接近し、船からみると航路の関門、てな感じです。

福山市常石の造船地帯です。なんと昨年引退したバブルの象徴、横浜港大桟橋で散々拙者も目撃した、国産クルーズ船2万3千トンふじ丸が、船名を変え修理中でした!


明日行く因島と今泊まっている、向島が見えてきました!
続いて福山市の松永湾に!

右海中になんと茶砂の浅瀬が、アブナイ・アブナイ(>_<)
尾道の大橋が見えてきた船内。船長も因島村上海賊の末裔なので、このお仕事していると宣っております(^.^)b

今日走る、しまなみ海道の尾道大橋、新尾道大橋を潜れば尾道水道の狭き航路!あっという間に、尾道の桟橋着。有難う!

向島から見る尾道市役所辺り。

右ロープウェイ、左お城型ホテル、尾道らしい風情\(^O^)/

同じ場所が
夜になると!
ムチャクチャ夜景スポットなのでした(*^_^*)
海援隊を航海してみる!
宮崎から1万トンの、大型フェリー
に乗り、高知沖から、紀淡海峡を経て大阪港まで、時速46キロという高速で航海しました。


高知沖から、懐かしの室戸岬をかすめるのは深夜なので、夜明けの徳島県沖から!

阿南市の伊島の島影です。
日の出を待ちわびる乗船客の前、和歌山県有田市方向から、日が上がってきました!


左には淡路島が大きく広がっていますが、海上の靄で全く見えません。紀州和歌山藩沖です!

朝のオレンジロードが開けます。いろは丸と衝突した、明光丸もこの朝日を見ていたのですね!
そして紀淡海峡を通過!和歌山県加太の沖ノ島です。

大阪湾に入ると、右に関空、左に明石海峡大橋がランドマークですが、海上はまだ靄って…
と思う間に、天保山南の港へ。さすがに高速フェリー

接岸します。ついアポルタージュとか、歳さんの宮古湾海戦モードになってしまいます(^.^)b

大阪湾の真夏のような陽射し\(^O^)/爽やかな風につつまれた航海、
500kmの旅でした!
に乗り、高知沖から、紀淡海峡を経て大阪港まで、時速46キロという高速で航海しました。

高知沖から、懐かしの室戸岬をかすめるのは深夜なので、夜明けの徳島県沖から!

阿南市の伊島の島影です。
日の出を待ちわびる乗船客の前、和歌山県有田市方向から、日が上がってきました!


左には淡路島が大きく広がっていますが、海上の靄で全く見えません。紀州和歌山藩沖です!

朝のオレンジロードが開けます。いろは丸と衝突した、明光丸もこの朝日を見ていたのですね!
そして紀淡海峡を通過!和歌山県加太の沖ノ島です。

大阪湾に入ると、右に関空、左に明石海峡大橋がランドマークですが、海上はまだ靄って…
と思う間に、天保山南の港へ。さすがに高速フェリー


接岸します。ついアポルタージュとか、歳さんの宮古湾海戦モードになってしまいます(^.^)b

大阪湾の真夏のような陽射し\(^O^)/爽やかな風につつまれた航海、
500kmの旅でした!




























100フェリー。尾道三部作
映画でお馴染みの要領で。








に乗ってヴァヴァン駅から、モンパルナスへ。

