絵と旅のミニエッセイ!*復活版* -2ページ目

町田市小野路へ…

GW明けから母の様子が思わしくなく、日野の行き帰りにも、足繁く通って顔を出しています。なので実家近く血縁の小野路にも。
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戌申戦争が回避され、徳川と諸公の安定した連立共和国へと政権移行したため、近藤さん、歳さん、総司、山南さんは、京都から多摩に帰還し、小島邸へ戻ってきたという、夢の想像図。小島資料館の資料となりました。
京都壬生寺、岡崎法蔵寺、三鷹龍源寺と同じ、死罪となった近藤勇像は、庭の片隅にひっそり。字は松平容保公の子孫に書いて頂いて。
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母はあと、一年もたないかもしれない。
そうしたら、この城跡隣の父と兄と一緒だね。

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しかし町田市をはじめ、多摩の歴史は、幕末動乱以後は自由民権運動へと続きます。だから、自分も新たなステージへ。
生家近く、春、町田街道の枝下桜!
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母の好きな、町田から見る、母の故郷相模の国!
小田原北条縁の相模原市津久井は城山の遠景!
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町田市菩提寺裏の丘から、生家と実家のある町田市街地!
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一面満開のチューリップ畑砺波市を描き損う、の巻!

拙者地元、源平時代の鎌倉武士である俣野景久さんは、東伊豆の河津祐泰さんに相撲試合史上初めて、決まり手河津掛けで敗れたという、妙な記録の持ち主。
源頼朝の反乱では小田原石橋山にて、兄の大庭景親、一族梶原景時と共に、平家の血筋坂東八平氏として頼朝を追い詰め、その後静岡県富士市の、富士川の戦いで京方平家本隊に参陣します。
そして遂に、ここ北陸にて、福井出身埼玉育ち斎藤実盛さん、静岡伊東市の伊東祐清さんと共に、頼朝方に寝返るのを潔しとしなかった鎌倉武士として、埼玉生まれ木曽育ちの、義仲さんとの戦いで散るのでした。
富山石川の県境である倶利伽羅峠の戦い前、義仲さんは、ここ埴生八幡宮にて戦勝祈願しています。
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現在では、八重桜の名所、倶利伽羅峠道は、GW桜まつり最終日の花吹雪となっていました!
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峠に陣取る平家方の図!
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倶利伽羅峠の戦いといえば、古代中国に範を取る火牛の計なる戦法ですが、リアルに牛くん達へ松明付けて実験したところ、牛くんらアタマ火傷しちゃって、敵陣に突っ込むどころぢゃなかったとか…。現在では動物虐待…
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標高300mの峠ですが、まだ真冬な白山と北アルプスの東西の風が出会う、まさに分水嶺の風でした。右は金沢市の山!左奥は北アルプス!
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あれ、写真は義仲さんの大ファン、芭蕉さんがここで詠んだ俳句でしたm(__)m
火牛に落とされた、平家軍悲哀の地獄谷。確かに伝説の地に相応しい、垂直に切れ込んだ絶壁地形で、谷底から平家の怨念みたいな、生温かい風が吹き上がってる(>_<)
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南砺市福光、城端、井波を経て高岡に戻りますが、あれ?庄川右岸をカーナビが示し、砺波市の一面満開チューリップ公園を、まさかの素通り(>_<)
ま、いっか。また来年のお楽しみ!
しこうして、周囲には残雪の山を見渡す、早春のよーな県境南砺の旅は、まだまだ続くのでありました…
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GWに宇治陵完結編!

2年越しの宇治陵踏破!所在不明だったNo.30 31は何と、藤原基房邸址の松殿山荘敷地にありました!
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足掛け2年、宇治と宇治陵に端を発したこのブログも、大団円\(^O^)/
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最後に、木幡小学校前の藤原道長史蹟碑!
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既に新たな旅が始まっており、この京都⇔鎌倉、新選組ブログは、暫し休養致します。
皆さん半年間、本当に有難うございますm(__)m

歳さんの命日…速報

今日は何年か振りの日曜日とあって、墓参の方が絶えません。
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この日の南の風、初夏の空気感を伝えたくて、空ばかり撮っています。お墓を見守る、市の記念物カヤの木。
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歳三さんの生まれ育った、石田村!富士山の下部に▲の、道志の山。
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歳さんちから、高幡不動金剛寺へは、浅川のこの場所を渡ります。今はロケ地で有名なふれあい橋が…
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ここで生まれ育った、石田村の、昨日の黄昏時(*_*)ウルウル…
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これから、昨日と同じ、こんな夕暮れを迎えます。
おまけは高幡不動の、満開山ツツジ!
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最後に、ジャーン!今回の目玉は土方資料館公認!歳三弁当!このボリュームと編み籠仕様で、何と\1100の大出血サービス\(^O^)/ 鯖大好き!
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嵯峨野で、平家物語の女子に涙する、の巻。

5/5は立夏で晴れの特異日な筈なのに、平家物語の哀しき女性を訪ねたら、全て涙雨でした。何とも不思議な体験。
巻の一
奥嵯峨は小倉山の峰にあたる、祇王寺。
主役は白拍子祇王21才、妹祇女19才、姉妹の母、加賀出身17才仏御前!
怨念を超えた女の友情!いや、女性の諸行無常を今に伝えます!
捨てた男の罪は重く、高熱で苦しみながら、地獄へ落ちる一方、彼女達は皆、極楽浄土へ旅立ったのでした。
平家物語の一節!
『今年はわづかに十七にこそなりし人の、それ程まで、ゑ土を厭ひ浄土を願はんと、深く思ひ入り給ふこそ、まことの大道心とは覚え候ひしか。…』
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右清盛公、左女子4人の供養塔です。

涙で濡れる、モミジの名所小倉山の青もみぢ。
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直ぐ上に在るのが、滝口寺。
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巻の十
斎藤時頼は親が反対する、身分の低い横笛との純愛を貫く為に、滝口入道として僧となった。横笛も純愛を貫く為、尼となった。韓国ドラマより究極の古典愛じゃないですか。ただひたすら、お互いを思い、人の道に精進し祈る生涯。お二人の姿…泣けます。
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嵐山渡月橋東詰近くにある、小督の史跡
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巻の六
絶世の美女、琴の名手、小督こごうは、冷泉くんの愛人でしたが、上皇に寵愛され乗り換えました。冷泉くんの義父で、上皇義父でもある清盛さんは、二人の男を狂わしたと怒り、小督は行方不明となります。が、上皇の家来、笛の名手仲国が、上皇を想う『想夫恋』を桂川のほとりで奏でる小督を、奇跡的に探し出すストーリー!
小督と仲国が屋敷越しに合奏し、お互いに気付くシーンも感動モノで、隣には想夫恋ソフトまで売っておりましたw(°O°)w
密かに上皇との関係を復活した小督も、何年かすると尼にさせられ、追放されます。また、涙…
小督の供養塔…
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新選組ブログなので、やっぱり幕末ネタを!
嵯峨野にある、土佐四天王、武市さん、龍馬さん、慎太郎さん、吉村さんの銅像!
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GWはガラ空きの、京阪電車大好きです!

著名観光地、嵐山、祇園、伏見稲荷は大渋滞ですが。
GW(日)に、観光客も疎らな特別公開の伏見深草宝塔寺へ!
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寺名の由来となった多宝塔は、市内最古の多宝塔です。
ところがこの日蓮宗のお寺!平安時代は極楽寺という真言宗で、摂政関白藤原氏縁のお寺でした。
なので、源氏物語にも極楽寺は実名で登場!
門前の像は、夕霧と雲居の雁だったのです!
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隠れた源氏物語史跡、ここにも在りました!
深草は、小野小町への百夜通いの、深草の小将の家跡のお寺とか、拙者にはピッタリな史跡多数ですね!
さて、夜は人気の、青蓮院門跡のライトアップへ。
ここの演出は、プロジェクションマッピングに通じる、芸術性を追究していますね。例えば、左近桜と右近橘の庭!
黄昏時は、
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漆黒の闇が訪れると、
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青色ダイオードを使った、粋な演出。ただただ息を飲むギャラリー。精神性が高いとは、こんな状況でしょう。
竹林の庭は、青白い光線が、竹林を浮かび上がらせます!
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摩訶不思議。
さて、本日の大トリは満開の霧島ツツジ!画像では白っぽく写りますが、実際はクリムゾンレッド!深紅です。怪しい、妖しい赤に、皆、燃えてる、と宣います…
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新緑の青モミジのライトアップ!
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入り口もライトアップされますが、これは明るいうち。
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おっと石庭を忘れてました。こんな感じ!
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さて、青蓮院に向かう、三条東大路東入ルには、龍馬さんとお龍さんの、結婚の地とか(*^_^*)
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隠れ龍馬さん史跡も、発見できました!
おっと、また新選組を忘れてました。市営地下鉄の劇場版薄桜鬼ラッピングは、半端ない(^_-)
窓まで千鶴ちゃんが占拠中!
写真はNGみたいでm(__)m

第五回句会に向け、新選組を詠んだ句を学ぶ♪

俳句の教科書に、新選組を詠んだプロの俳人の句が載っていてビックリです♪

土方歳三 美男と旅信 秋灯
寺井 谷子

人名は呼掛け、感嘆なので五文字でなく、良いそうです。旅信は旅先からの手紙。秋の五稜郭へ旅したら、あんまりイケメンの歳さんに、初めて出会ってしまい、秋の夜長に思わず宿で、友人にイケメンに遭ってドキドキした葉書を書いてしまった!ってな感じでしょうか。やはりプロは情景が浮かぶから、スゴいですね!

壬生屯所 葉桜一樹 陰し佇つ
阿部 方城

新選組屯所石碑の所に、幕末動乱が遠い彼方のように、すっと桜が一本立っていた。今の時季、陽射しも強くなり、ジリジリする初夏のような陽射しを、葉桜の陰に避け、隊士達の息遣いを感じながらたたずんでいた。佇つは、まつと読み、たたずむ、読みの意味です。さすがに、プロの季節感はスゴいですね。


番外編

明易の 寺田屋の風呂 鏡かな
井上 弘美

歳さん、函館への道!第一歩を踏み出す!の巻。

慶応4年4月3日。流山で近藤さんと離別した歳さんは、4日には赤坂氷川の勝さん宅へ。そして浅草今戸の松本さん仮宅を経て、11日の江戸開城日には、江戸川の東!ここ市川市国府台、北条と里見の古戦場、城跡の総寧寺に、反乱軍として集結するのでした!
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このお寺、反乱軍2千人を収容出来たのは、近江源氏の縁から、千葉関宿に引っ越して、老中小笠原さんの菩提寺庇護の下、江戸期にはすこぶる羽振りが良かった訳です。
12日には、軍議が市川駅前大林院で開かれ、歳さんも出席しますが、総寧寺が会議場所とならなかったは、会津藩兵、桑名藩兵も居たからでしょーね。
大林院跡は消防分署ですが、参道の松と墓地が遺ります。
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総寧寺のある国府台の台地上から、江戸に帰る事は無いと、歳さんも眺めたでしょーね。今ではスカイツリーが良く見えます。
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軍議は朝からでしょーか。部隊編成を整え、北に向かう反乱軍。
初日は半日の行軍により、松戸宿から水戸街道に入り、次の小金宿に分宿します。
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小金宿に只1軒遺る旅籠建物。ここには誰が泊まったのかな?
13日は10km北の、利根川渡り待ち、柏市布施の東海寺に宿陣ですが、東海寺や総寧寺と同じくらい大きなお寺だったのが、小金宿の家康縁の浄土宗東漸寺!小金宿は東漸寺の門前町だったのですね!東漸寺の紋は三つ葉葵!嶋田魁さんは、東照大権現の旛を誇らしげに 掲げた事でしょう!歳さんら幹部は、このお寺に泊まりましたね、きっと!
何と境内には、水戸天狗党、赤報隊員の史跡が!やはり水戸街道沿いは、尊王攘夷派の影響が強かったんですね!
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小金宿から水戸街道を離れ、真っ直ぐ北へ。布施から水海道、崇道から坂東市と筑波山を右に見て、いよいよ、下妻、下館の常陸の国を固め、宇都宮城攻防戦へと流れ込みます!
布施東海寺、宗道神社、下妻陣屋跡は、かなり以前に行って、写真が行方不明なので、次はこの冬に行った、歳さん負傷の宇都宮城ですね!

歳さん並に京を愉しむ!の巻(^.^)b

染井吉野はとっくに終わりやし、仁和寺御室桜も落下中やて、お花見も終わりやね、と京雀さん達呟こうが、5年暮らした歳さん並に、足掛け11年京通いの拙者!京の人より詳しい桜(^^)v
満開の御所北は糸桜!近衛さんちの跡、御苑の乾!
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実に見事な枝下桜桜
下草の黄と調和し、さすが五摂家筆頭の桜かな!
さて今出川を西に入り、明治創建白峯神社は、蹴鞠の飛鳥井家跡に黄桜桜
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御衣黄ギョイコウという栽培品種の八重桜で、黄桜は古称!ウコンの方ではありませんよ!最盛期過ぎて中心が赤くなり、これも見事ですねえ!お酒の名前にもなってます。
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東山は霊山歴史館の枝下桜!誠の隊旗と葉桜の緑とコラボし、絵画のよう!霊山の法人経営陣は、日本のトップ達が居並びw(°O°)w
後ろお墓の維新英傑達と、見劣りしませんね!
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と、やはりこのブログはタイトルどおり、新選組を出さないとね(^O^)
前川屯所!
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壬生寺
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光縁寺
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夜は高台寺ライトアップへ!
感度良すぎて明るく写ってますが、夜6時半ですよ! 中心はライトアップの投光で、黄色に輝く青もみじもみじ
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おっと、忘れちゃいけないココ!ですね!
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お昼も夕飯も朝食も、この季節の京都らしい!旬のもののお弁当!
お魚フグは、ぐぢ!←甘鯛の事らしいφ(.. )
筍の子の炊き込みご飯ラーメン
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スイーツも旬のものをチョイスします!
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総司目線で大坂を巡るパートⅡ

順は不同となりますが、文久3年6月!大坂力士との遭遇場所、蜆橋!
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その日壬生浪士組は、芹澤さんが梅田駅南の北新地でフィーバーしたいと言うので、ここ佐賀藩蔵屋敷前で堂島川から下船し、蜆橋を通り北新地へ向うのでした。拙者、現在の北新地ショットバーでカクテル三昧した事ありますが、お相撲さんに出くわすなんて、東京ならさしづめ両国、錦糸町のバーみたい(^人^)
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史実は、浪士捕縛の一仕事を終え、八軒家の京屋からお仕事の近藤さんを置いて夕涼みに繰り出したら、斎藤さんが腹痛を起こしたので、馴染みの北新地住吉楼で休ませよう!と芹澤さんが言ったらしいが、呑みたかっただけじゃん!

その前4月に、井上源三郎長兄、八王子千人同心の松五郎さんも、家茂さん上洛で大阪に居たので、京屋に居た総司達を誘いに来た。美人さんが居ると、どこから情報を仕入れたのか、西区新町、九軒町吉田屋に行きたいって!
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そーいえば歳さんも手紙で、大阪新町の美人さんからラブレター貰って、お名前書き切れねーやと、もてまくってましたね(^O^)
今では遊廓街の名残とゆーか、芸能関係の学校があったり。こ洒落た小さなレストランがあったり、西麻布から六本木の、芸能人が多い街みたい!
こんな碑もあり、揚屋街の時代から、芸能の街って感じがします。
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芹澤さん、永倉さん、歳さんの小寅、お鹿のお話は総司には関わりなく、また今度m(__)m
さて中央区瓦屋町は、ぜんざいのお店石蔵屋事件ですが、今ではお菓子や砂糖の問屋街!
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元治2年1月、大阪万福寺屯所を出動したのは、土佐藩長州系浪士ら、のち海援隊メンバーらを含む輩の、大阪市中焼き討ち計画を、察知したからであった。
新選組の凶刃?
はあ…。
の字が、碑の建立された時代、昭和12年の新選組観を物語る!
その南の町、天王寺区下寺町の万福寺には、4年前に碑が建てられました!
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その後の隊士増強で、大坂出張時万福寺だけでは不足になり、夕陽ヶ丘坂の上万福寺裏にあたる、生玉寺町の大宝寺にも進出!
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なんじゃ?ダンダラ羽織!と思わせる、谷町筋夕陽ヶ丘下にある、浅野家大坂菩提寺でして、本家だんだら赤穂フォーティセブンの供養塔がありまする。
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というオチでm(__)m

さて、大坂史跡は他にもありますが。
下坂の交通手段を探索に。
江戸期のタクシーor借上バスなのです!
この伏見港から出港します!
総司は何度、この岸に立った事でしょう。
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行き交う舟!
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桜のシーズンは見事だったでしょうね!
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大坂まで、行きの下り、帰りは何時間、本数、料金は研究家に譲り、総司目線で楽しみます。

舟を上がれば、または、時間待ちには。
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伏見港が似合う男!
中書島駅にも!
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でも拙者的には、病状が重く、参戦できなかった総司を思うのです。
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