自分を信じるって
肉体を持っている 『このわたし(エゴ)』を信じるってことではなくて
体の後ろにぴったりとくっついて下さっている 神を信じること
みたいです。
自分を見失っているときは
神と離れている状態
時々お話させていただいていますが
ヲシテ文字の『あ』は
吾(あ)なんですね。自分自身。
これって受精卵の形です![ドキドキ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/031.gif)
![ドキドキ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/031.gif)
陰と陽 ふたつで1つなのです。
両極が合わさって 生まれるのです。
どっちかだけ。は不完全で片手落ちなのです。
そして、真ん中の●の部分が
自分自身(自神)で
創造主である天之御中主と繋がる場所です。
自分が真ん中に居ないと
繋がりません。
外側に氣を取られていると
繋がるどころか、身体を持たない
たくさんの未成仏霊さんが
身体要らないの?って、その空いた場所を占領します。
そうならないように、自分を見失わないこと。
真ん中にいると、天之御中主さまと重なっているのです。
自分を信じるとは、重なっておられる 天之御中主さまを信じることなのです。
自分が全てやっているようで
実はさせられている。
見えない存在を尊ぶ生き方をする時代になりました。
(感謝)
自分自神となり、真ん中でいるのか
自分不在となり、知らず知らず身体をのっとられるのか。
自分次第です。
しっかりと名前(最強の祝詞です)を
声に出し、のっとられないように心に刻んで下さい![キラキラ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif)
![キラキラ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif)