9月の台風から神社の掃除が始まり、もうすぐ3ヶ月になります。
雨の日以外は毎日掃除をしてますが、いろんなことを気づかされます。
9月は朝5時でもまだ明るかったのが、当然のことながら今では真っ暗で、寒くて、寒くて、、、。
掃いても掃いても次の日も次の日も、落ち葉が積もっている。その繰り返しです。
頭では判ってていても、 毎日気持ちをリセットしないとやってられません。
宮司の仕事は、掃除に始まり掃除に終わるとも言われますが、
神様は綺麗好きなので、掃除はおろそかにできません。
宮司の心も綺麗でないといけません。
掃除をしていて唯一救いは、太陽が社殿のほうから昇ってくる時のオレンジがかった空が
ほんの数分ですが、とても綺麗だということです。
この光景を見ていると涙がでてきます。
お参りに来る人も 挨拶する人、しない人 様々です。
まあ早朝なので、お参りに来る人は決まっていて、暗くて顔もよく見えませんし
顔を見る気もありませんが、、、。
その中で いつも声をかけてくれる70~80のおばあさんがいます。
「頑張っていますね。いつもありがとうございます。神社の方ですか?」と聞きます。
私は「違います。」と言うと、「氏子の方ですか」と聞き直します。
「違います。」と言うと、「じゃあ御奉仕ですか?」と聞きます。
私も困ってしまいましたが、
「9月の台風で境内がめちゃくちゃだったので、それ以来 習慣になってしまいました。
別に奉仕でもありません。」と言うのですが、
実際 孫の為、自分の為にやっている事なので、
おばあさんには失礼ですが、少しめんどくさくなってしまいます。
黙々と掃除をしたいのです。
掃除を始めて、鈴の音を聞いた頃でしょうか、ひふみ祝詞を唱えながら掃除をしています。
「ひふみよいむなや~」と、、、。
別に神道でもないのですが、唱えることで、無心になれ、浄化されるようです。
以前、家内とやったお寺での阿字観、五体投地に似ています。
この時も自分の存在を打ち消す事に努めました。
神社の掃除でも自分の存在を打ち消そうとしますが
神社掃除のほうがはるかに私には合っているようです。
鈴の音も11月の末にまた聞きました。1回だけの同じ澄んだ綺麗な音色で、
ちょうど私の下の娘が結婚式を挙げる2,3日前でした。
12月に入ってからはまだ鈴の音は聞いていませんが、
あまりとらわれることなく、黙々と掃除を続けています。
祖父が亡くなる前に神様に仕える仕事をしたかったと 亡くなった義姉から聞きましたが、
いつか私もそんな気持ちになるんでしょうか。