先月8月28日 田舎の母が旅立ちました。

96才と8か月 姉達が看取りました。大往生だったと言っていました。

 

私は埼玉在住で、田舎の山口では、このコロナ禍での移動は

最後まで迷っていましたが、田舎の姉と話し合い 

万が一のことを考え、看取ること、葬式には出ないことにしました。

 

母は10年前長男、義姉のたて続き亡くなり

足腰も弱っていたため病院付帯の特老に入りました。

3年前に姉から痴呆症が進んできているから、

一度帰っておいでと言われていました。

担当医から3年前 余命半年と言われていたそうです。

 

ちょうど長期のGWで 家内と 出雲~北陸にかけて車中泊をした時ですが、

いざ 母に会ってみると 驚いた様子で、何しに来たのと言われましたが

久しぶりの再会に涙ぐみ、又 にこにこと笑って話もしました。

母とのとりとめのない会話でしたが、 これが余命半年なのかと疑ってしまいました。

施設の食事もあまり進まないので好物のばってらを買ってきましたが、

全部食べ切りました。

この時母と会うのはこれが最後かもしれないという思いで心に焼付ました。

 

あれから3年 今年7月頃から食事が摂れなくなり、1日おきに点滴を打ち、

8月に入って さらに寝て過ごすようになったようです。

毎日姉が施設に面会に行き、様子を聞いていました。

 

8月23日から呼吸がしずらくなり、いよいよかと思っていましたが、

27日は何と好きなテレビを見て、呼吸も安定していたそうです。

その次の日 亡くなったのですが、 前日が、中日和だったのでしょう。

 

母との別れ、当然遅かれ早かれ いつかは来るものですが

肉体は滅んでも魂は延々と違う次元で見守ってくれてるのでしょう。

長男、義姉が亡くなった時 そう実感しました。

 

お母ちゃん 私を生んでくれて ありがとう。

 

私は 何もできませんでしたが、、、、。

 

親不孝の 私でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々のブログです。

 

神社の掃除も1年8か月過ぎました。

 

雨の日以外は神社に行っています。

 

 来る日も来る日も落葉との格闘です。

 

1月、2月はまだよかったのですが3月、4月から桜の花びらから始まり、

 

杉、樫の木、エゴの木、名前の知らない木々の葉っぱと花、

 

その日きれいに掃除しても次の日は突風で 倍の量の葉っぱや花が散らばっています。

 

神社に接している道路に散らばった落葉までは掃除できないこともしばしばです。

 

最近は朝4時ではすでに明るくなっていて、星は見ることができませんが、

 

朝日が昇る瞬間のオレンジ色に染まる空の景色が美しく 唯一救いです。

 

いつも、拝殿で、手を合わせてから、掃除を始めるのですが、

 

先日、拝殿で手を合わせていると、白い光の球が見えてきました。

 

小さな光の玉でしたが、ここの神社で見たのは初めてでした。

 

鈴の音は、一昨日2回、昨年1回と聞いていたのですが、

 

視覚と言っても拝殿の前で目をつぶり手を合わせていたので、幻覚かもしれませんが、

 

額の真ん中 第三の目あたりで、何年か前にもここで見ていたように思います。

 

見えたからといってもどうこうなるわけでもないので、あまりとらわれないようにしています。

 

雑念や、欲を振り払うのに、掃除をしているようなものです。

 

毎日 落ちてくる葉っぱが自分の欲だと思って 掃除をしている今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

今年になって初めてのブログ。

3か月放置状態でした。

2/26で家内も14年目にはいりました。

 

2008年に卵巣がんステージ4でがんセンターで手術し、抗がん剤も6クールして

再発もなく無治療で13年過ぎました。

がんセンターも検診10年で卒業し、あとは他の検査機関を探してと言われましたが、

家内と相談し、またがんになったら、もういいよ。

なるようにしかならないからと、病院探しはやめました。

 

家内は今保育所で調理のパートをしています。

3歳以下の短期保育ですが、子供たちを見ていると楽しいと言っています。

子供たちのエキスを吸っているのでしょう。

その方が免疫力が上がるのでしょう。

 

14年前は家族、親せきの誰もが、もうだめだと思っていましたが、

家内の生命力は並みではありませんでした。

 

24年前亡くなった家内の両親が守ってくれたのでしょう。

感謝、感謝です。

 

残りの人生を悔いなく、ケセラセラと 

笑って生きていきていきたい今日このごろです。