先週からブログを開設し、
本日からいよいよブログに
書き込みを始めます![]()
まずは2日に一度の更新を
目標にがんばります。
よろしくお願いします![]()
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「今日の読後感」
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『中浜万次郎』 講談社火の鳥伝記文庫
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ジョン・マン。
これが正しい中浜万次郎の呼び方だそうです。
もしくは中浜万次郎。
なぜ、当時呼ばれなかった名称が
現在に定着してしまったかというと、
作家の井伏鱒二が本のタイトルに
『ジョン万次郎漂流記』と題した
本を出版したからだそうです。
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彼の伝記を通じて感じたことは
「情報」というものの価値、流動性です。
長きにわたるアメリカでの生活の後
日本に戻ってきたジョン・マンは
開国を迫られる日本の中枢にとって
必要不可欠の存在でした。
本来であれば漁師の子として生まれた万次郎が
老中をはじめとした幕府の人間や
薩摩の藩主島津斉彬や土佐藩主・山内容堂に
まみえることがあろうはずもありませんでした。
それが、海外の知識、情報を持っていたことで
時代の渦の中心にいやがおうにも
ひきいれられました。
まさに、情報の持つ価値を
まざまざと見せつけられる出来事です。
しかし、ジョン・マンの知識の優位性は
永遠ではありませんでした。
時代の流れとともに
日本人が大挙して西洋に学ぶはじめることで
ジョン・マンの知識は人々が求める
ものではなくなってきたのです。
「たしかに、幕末から明治のはじめのころは、
万次郎の知識は貴重な情報なものでした。
しかし、とうぜんのことですが、知識や情報というものは、
時が立てば、古くなっていきます。
人々が先を争って教わろうとした万次郎の
英語の英語や技術の知識も
つきからつぎへと押し寄せてくる
より新しい情報や知識の中に、
しだいにわすれられていきました」
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当時にくらべ、現在の情報・知識の流動性は
とんでもないほと進展しているといえます。
その中にあって、情報や知識に対して
どう向き合っていけばいいのか。
この伝記を通じて
じっくりと考えてみたいと思います(・ω・)/