朝はゆっくり起きて、まずはモーニング。
オシャレで美味しいモーニング

街中から少し離れた、住宅街の中にあるカフェ。
駐車場も広くて、たくさん停めれそう
メニューもいろいろおしゃれなものがありましたが、
ワタクシはグリルチーズサンド!?を頼む

付け合せの野菜に、美味しいオリーブオイルと塩のシンプルな味付け。
カフェラテも美味しゅうございました
店内にロングボードの雑誌があるし、店長さん?ぽい男の人は完全にサーファーぽかったので、この辺のポイントについて聞こうかと思ったけど、他のお客さんも来られたので聞けず
その後は池田湖の周囲をぐるぐる。

菜の花もたくさん咲いていましたが、撮る暇なく・・・

今日のメインの行き先へ🚘️
日本は同じ過ちを2度と起こしてはいけない 知覧特攻平和会館 ・ 博物館
ワタクシはもちろん戦争を知らない世代。でもウチの祖父2人とも出征し、1人は戦死。祖母は広島の被爆者、父母も小さかったですが、戦争の時代を生きた人たち。
ワタクシが、生まれたのも戦争からたったの30年しか経っていなかったので、子供の頃からいろいろ戦争の話を聞かされて育った。
戦争に関する映画や資料映像、本など観たことはもちろんあったけど。
特攻隊のことを知ったのは、確か中学生くらい。
宮崎という近くに住んでいながら、一度も行ったことが無かったので、今回訪れてみた。

特攻隊全員の写真や遺品や家族に宛てた手紙やもらった手紙など。
たくさんの物が展示されている。
一番若い子は17歳。その他も10代や20代前半の若者がほとんどだけど、みんな達筆で、内容も(ワタクシでも書けない)大人というか、もう優秀な方々なんだなと分かる内容。
字は心を表すと言いますが、特攻前夜にこんなに乱れもなく美しい字で、淡々とこれまでの感謝や明日お国のために死ねる喜びなどが書かれているのに本当に驚きます。
家族愛に溢れ、明日死ぬ自分の弱い気持ちなど(光栄とか、誇りなどは書いてありますが)一切書かれておらず(もちろん書けば、軍の検閲に引っかかるんでしょうが)勇ましく、また家族に対しては優しい気持ちの手紙ばかりでした。
絵をとても上手な人ばかり(1人、長谷川町子さん風のイラストを描いている絵がとても可愛かった)
10代といえば遊びたい盛の歳。
訓練ばかりで、娯楽も少なく、楽しみは仲間や女学生と歌を歌ったり、トランプをしたり(トランプ、ええんや!?って思った。非国民とか言われへんのかな?)子犬と遊んだりするくらい。
大切な人々を守るために爆弾を積んで、片道の燃料のみを載せた飛行機に乗り込むなんて、どんな気持ちだったのでしょう。

(寝泊まりしてた三角兵舎)
沢山の悲しみの出来事の中に、「えええーなんで!!」と思う事がありました。
視聴覚室で映像を流されるのですが、そこで何人かのお手紙が紹介されます。
そのひとつに、教官として知覧に配属された先生が、自ら特攻に志願したのですが、その先生はパイロットではなかったために、軍から断わられていたそうです。
そんなある日、奥さんからの手紙がやってきました。
「ワタクシ達がいる事で、特攻に志願する足かせになっているのでしょう」←そんなニュアンスで
と、奥さんは幼い娘2人とともに、河に身を投げて亡くなられたそうです。
その先生は、やっと特攻隊に選ばれて、海のなかに消えて行かれました。
視聴覚室で映像を観ていた人々の鼻をすする音があちこちから聞こえてきて、悲しいと同時に、怒りも湧いてきました。
誰が、こんな人の命を物のように扱う作戦を思いついたのか。そして、誰もその作戦に反対しなかったか・・・腹が立って仕方がありませんでした。

ワタクシの文章が下手すぎて・・・うまく伝わらないのがもどかしく感じます。
ここに来たら、人それぞれいろんな感情が湧くと思います。
正直なところ、資料館的なところはあまり好きではないのですが・・・
ここは、声を・・・
いや、字を大にして言いたい!!
「全人類ここに来るべき!!」
まだ長く居たかったけど、(モーニングを食べたにも関わらず)猛烈にお腹が空いたので、2時間程度で資料館を出る。
外にある観音堂へ行き、
「あなた方のおかげで、日本は今平和です。ありがとうございます。」とお礼を述べました。
もし九州に来られることがあったら、ぜひ寄っていただきたいと思うマナりんごなのでした。



























