軍荼利のブログ

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生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し

Amebaでブログを始めよう!

先生のお弟子さんからブログを聞いて拝読させていただきました。

大切なことが書かれてありましたので、数記事「リブログ」をさせていただきました。

御礼


軍荼利のブログ-uuuu
 

 

 

 

これを見て瞑想することで脳波がアルファ波になり、睡眠時よりも精神がくつろぎ、ストレスが解消される効果がある。一度この瞑想をしただけで、八万の仏法を読破する功徳に勝ると言われている。この瞑想法により心身を健康に保ち、宇宙と一体になって宇宙のパワーをぞんぶんに味わってください。

 

簡単な行い方

 

「オン アビラウンケン ソワカ」と7回唱えてください。

①この状態のまま目を少し開いて、阿字本尊をじっと20秒ほど見つめてください。

②今度は、目を閉じて阿字本尊(上画像)をイメージしてハートに持って行ってください。そして蓮華と阿字本尊を同時にイメージしてください。

③そしてしばらくあなたのハートの中で、宇宙の創造神である阿字本尊と一体感をお楽しみください。

④瞑想時間は自由です。5分でも30分でも構いません。ハートの中の阿字本尊が薄くなったら、目を少しだけ開けて何度も阿字本尊を見ても構いません。要は、宇宙の根源である「阿」と一体になることが重要です。

 

阿字は宇宙のシンボルですので、1度覚えてしまうと、通勤や旅先のホテルの中でも瞑想できます。

 

 

 

 

 

神秘体験というとオカルトかと感じてしまう方も多いでしょうが、密教の瞑想技法は極めて科学的に生体エネルギーや身体器官の構造を利用して、強烈な意識変容、すなわち強い神秘体験を生じさせます。


いずれかの結果を得る場合、意識変容なくしては、それらを実現することは不可能です。
釈迦如来の「悟り」は、「知的な理解」や「思いつき」や「ひらめき」などではありません。

そこに至る道は数多く存在しますが、そこには当然、優劣があり、果に至るために要する期間がまったくちがいます。

 

いわゆる「無」になろうとする座禅(曹洞宗の黙照禅)に対し、密教の瞑想は観想(ありありと思い浮かべること)を用いることが多くあります(ゾクチェンなどの高度な瞑想には観相を用いないものがあります)。

 

 

中でも無上ヨーガ・タントラでよく用いられるのですが、自分の体内に何らかの対象を観想する場合があります。瞑想初心者は、どうしても映像を肉眼で見ようとしてしまうため自身の体内に観想することが難しいのです。

 


ところがクンダリニーという尾てい骨付近に眠るエネルギーを覚醒させると、自動的に内観が起こりますので、肉眼を使わずに映像を見るということが、どういうことか体験的に理解されますので、あとは観想の力を強めていけば、その後の修行が比較的早く進みます。

 

気やオーラなどと呼ばれる目に見えないエネルギーを感じ始めるようになると、徐々にエネルギーの性質の違いを感じられるようになっていきます。多くの人が最初に気づくのは、良いエネルギーと悪いエネルギーの存在です。これら目に見えないエネルギーはわたしたちの体はもちろん、心とも密接なかかわりを持ちます。

 

良いエネルギーは、心を楽しくさせて不安やストレスを解消させてくれます。体も軽く元気にます。良いエネルギーは暖かく心地よいです。

 

悪いエネルギーは、心を曇らせ、不安な気持ちやストレスを生み出します。体も重くなり、元気がなくなります。悪いエネルギーは悪寒のように感じます。

物質に近いエネルギーほど重く存在感を感じます。逆に、非物質的なエネルギーは軽かったり、存在感を感じにくいです。エネルギーを感じるのは、香りをかぎ分けたり、 味を見分けたりするような感覚とよく似ています。

 

感じ方は人それぞれ、その人の感性や感覚によって多少の違いはありますが、強い気感をもつようになるとハッキリと感じるようになります。エネルギーを正しく感じ取る事が出来る人たちは在る程度共通した感覚をもっています。

例えば、物資に近い悪いエネルギーは ザラついた感じや、汚れた油のような感じでわたしたちが病気の時に自分に感じるあの不快な 感覚そのものです。

 

非物質的な悪いエネルギーは、体感としては 分かり難いですが、不安や焦燥感を 感じたときなどの感覚に似ています。呪いのような人の思念はこの種の感覚を人に与えます。物質に近い良いエネルギーは気功の気のような感覚です。熱や振動として感じたりします。 これは、わたしたちが日常で生きるために使っているエネルギーに近いです。

非物質的な良いエネルギーは、体感としては 分かり難いですが、包まれているような 安心感や、喜びのような感覚を与えて くれます。この種のエネルギーは祈りや愛情など高い波動のエネルギーです。

 

エネルギーを感じ、性質がより深く分かるようになってくると、エネルギーには色やにおいのようなものが存在する事にも気づき始めます。いずれそれらの色やにおいを実際に感じられる までになります。悪いエネルギーは臭く、良いエネルギーは心地よい香りがします。

 

エネルギーを感じ取るには、アジナチャクラを開発すると良いでしょう。

 

簡単な祓い方ですが、嫌な感じや体に異変を感じたら
両肩に息を強く吹きかけ手でホコリを掃うように「パン パン」と肩を叩き祓います
この程度でも実は祓えるものです。
祓った後塩で清めてください(かけると言うより叩きつける感じです)

体が痛かったり重かったりする場合(肩や首)を手のひらで押さえ
目を瞑り気合を入れて吸い出すように引っ張り出すイメージで掴み捨て去る動作を繰り返す
一度で全て取除くのではなく、その動作ごとに徐々に引き抜き悪い気が薄れて行くイメージをしっかり意識しながら繰り返し、完全にクリアになるまで繰り返す


捨て去った邪気が寄らない様に一度息を止めて全身に力を入れる
力を抜きながらゆっくりと息を吐ききる
首筋→肩→腕→全身にあら塩をかける
これを気迫で行うと大抵の邪気、低級霊は祓えます

明らかに霊障を受けたと感じた時、早ければ早い方がよいですが、朝お風呂等で真水を洗面器で頭からかぶります
これは勇気がいりますが、やると決めたら迷ってはいけません
かける前に目をとじ自分が信じる神仏さまに合掌します
その後迷い無く一気に始めてください


最初はあまりの冷たさに萎縮しますが、一度始めたら最低3回以上は行ってください
自分が嫌だと思う事は憑きしものも嫌であり、それをさせないようにもします
体が慣れてくると心から温かく感じてきます
その後遍く衆生を照らす日の出の太陽を受けながらその暖かさをいただきます

その昔、忍者達が用いた呪法としても有名。

修験行者が山に入った時や密教護摩を焚く時等に用います。

 

邪なものを払いのける呪法で、勿論「悪霊退散」の場合には最適でしょう。

“呪法”なんぞと、その聞こえはおどろおどろしくて、やや不気味でもありますが、一種の自己暗示法、自己催眠術という効用もあるような気がします。

 

ルーツは中国・道教と云われており、古くは「抱朴子」第4篇に出てくるそうで、無論、私などはそれを読んだこともありませんが、九つの文字、「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・行」、いわゆる「九字」なのです。

 

それを道士達が山に入る時の魔除けの呪文としたのだそうです。

因みに、道教でいうところの“道士”というのは仏教の“僧侶”に当たります。また、この「抱朴子」第17篇には入山心得などが書かれていて、そこにも九字が登場するそうです。

 

道教の道士達はおそらく数ある名山で修行したのでしょう。当時の兵法家もこの「九字」を用いました。
この「九字」は日本に伝わり、密教や修験道などに取り入れられて、その儀法も他の呪法や密教の印契と組み合わされて幾つかのヴァリエーションを持ちます。