最初に妻から連絡があったのは3日前25日の午後7時。
出産の前兆が見られたから早く帰ってきてと。
その日にやるべき仕事を終え、家に帰りました。
軽い陣痛が何度かありましたが、その日は就寝。
しかし、26日午前3時。
陣痛が強まり緊急タクシー。
住所を間違えられるという事態が発生しますが、4時に病院に到着。
すぐさま陣痛室へ。
26日の朝。職場に電話をし事情を話し、お休みをもらいました。
妻は10分ごとにくる陣痛と戦っていました。
自分はお尻の穴をテニスボールでおさえ、背中をさすり、言葉掛けをすることしかできませんでした。
早ければお昼には産まれる
そう言われ、とりあえず私は家に帰り寝ました。
お昼頃に妻から連絡があり再度病院へ。
陣痛はさらに強まっていました。
子宮が5cm開き、多少赤ちゃんもおりてきていました。
この時点で夜までには産まれるだろうとのことでした。
嫁の叔母さんやお母さんも見にきてくれました。
陣痛の間隔が徐々に短くなってきます。
しかし、夜9時になっても産まれる気配がありません。
私はとにかく陣痛で苦しむ妻の背中をさすることしかできませんでした。
時計を見れば27日の午前3時。
病院に来てから1日が経過しようとしていました。
こんなに長引くと予想もしていなかった私は職場に電話をし忘れていました。
明日休めなかったら立ち会えない!
27日の午前7時。
子宮は7cmまで開きましたが、赤ちゃんは降りて来ていませんでした。
まだまだ時間がかかるとこ診断を受けました。
迷惑がかかるのは百も承知。
申し訳なさ一杯で職場に連絡。
昨日のうちにれんらくしていなかったことを怒られましたが、休みがとれるように手配してくれました。
本当にこの職場でよかった!
これで心置きなく妻に寄り添っていられる!と思った矢先、病院の先生から
陣痛促進剤の投与の同意書
を、渡されました。
陣痛の間隔が短くなっていない、まだ本格的な陣痛が始まっていない、このままでは妻の体も赤ちゃんも疲れ切ってしまう
とのことでした。
副作用等も理解した上で、二人で同意。
その時、妻のおかあさんもいてくれて本当に心強かったです。
促進剤投与後、陣痛の間隔はさらに短くなり、痛みも強くなりました。
妻の痛がり方が今までの痛み方とは全然違いました。
午前中いっぱい激しい陣痛に苦しみ、妻も限界を超えているようでした。
それでもお腹の子のために必死に頑張っていました。
この子はこんなにら強かったのか
初めて知りました。もう既にお母さんになっていました。
午後12時30分、あまりに陣痛がひどかったので、診察をお願いしました。
すると子宮は全開、もう産めるとの診断結果が出ました。
すぐに分娩室に移動し、お産が始まりました。
病院の方々が総動員で、妻をサポートしてくれました。
27日木曜日、午後1時8分。
2970gの元気な男の子が産声をあげました。
言葉では表せない感動と、感謝の気持ちでいっぱいでした。
何度も触りました。
何枚も写真を撮りました。
抱っこして初めて、父親になると実感できました。
41時間、400回以上の陣痛と戦い、苦しみながら産んでくれた妻には本当に感謝しています。
今日も仕事が終わったら妻と子に会いに行きます。
