冬に入り、もう11月も終わろうとしている時期だった。諫名が明日の授業の準備をいていると、人が滅多に来ない廊下が騒がしくなり、注意するために諫名は顔を出した。そこには壱迦と数人の男子生徒がいた。壱迦は男子生徒たちから隠れるように諫名の背中にまわり、それを見た男子生徒たちは顔を見合わせ、来た道を引き返して行った。

 壱迦はそれを見るとほっとしたような表情を見せ、諫名に礼を言って帰ろうとしたが諫名が引き留めた。

「コーヒーしかないけど、飲めるか?」

 教材が処構わず置かれている数学準備室で諫名はコーヒーを淹れ始めた。壱迦は椅子が一つしかなかったために適当な高さの教材の上に座っている。この部屋は人が二人入れるかどうかというくらい教材が置かれており、はっきり言って足の踏み場がない。それでもなんとか整理しようと試みた形跡があるが断念されているようだ。

 壱迦は諫名からコーヒーを受け取り、甘党なのか砂糖とミルクをたっぷりと淹れた。何を話すでもなくのんびりとしていた所へ諫名の名前を呼びながらノックが数回された。

「いーさーなーせーんーせーここあけて~」

 戸をあけるとそこにいたのは保健医の天海 春輝だった。彼はカウンセラーの資格を取得しており、スクールカウンセラーとしてこの高校に赴任した。学部は違ったが諫名とは大学からの付き合いである。

「これ、今度の会議の資料だってよ。・・・相変わらず汚い部屋だな。足の踏み場もないとはこういうのをい言うんだろうな、少しは片付けろよ。」

 天海は諫名が散らかしているような言い方をするが、諫名が来る以前から散らかされていたのだ。今の状態はまだましになった方である。

「はいはい。・・・ありがとな、他にもなんか用事があるんだろ?」

「そ。今晩合コンでさ、男側の人数が足りなくて困ってんの。黎迩も来いよ、暇だろ?」

 天海は楽しそうに諫名を誘う。そんな彼の様子に諫名はある意味感心していた。天海も諫名も大学を出たばかりの20代前半。まだまだ遊びたい年頃だ。しかし、諫名は行く気になれず、断った。

「相手はナースだぞ!?ホントに来ないのか?」

 行かないと断る諫名に驚いていたが天海はそれ以上誘うことなく帰って行った。

 壱迦の方へ向き直ると彼女は窓の外をじっと眺めていた。いつもと変わらない無表情なのに何故か、今日は諫名の目には壱迦が淋しそうに見えた。

 外は白い雪が舞っていた。


 その日以来、壱迦はよく数学準備室に来るようになった。壱迦が数学準備室を訪れるのは本当に気まぐれで、猫のようだと諫名は思っていた。彼女は部屋へ来ると必ず窓際の座りやすいように調節された教材の上へ座る。窓際は寒いだろうに、いつもじっと外を眺めているのだ。その過ごし方は屋上にいるときと何ら変わりなかった。