消防吏員いわゆる消防隊員になるわけですが、その初任訓練が半端ないのです。
訓練期間が終わるまでに1人脱落しました。
絶対に諦めない。
もう無理だと思わない。
どんなに過酷な状況下でも我を失わない。
そういう精神性を養うために、常識を越えた訓練をさせられました。
この訓練を終えたら、いったいどんな自分になるのだろう?と思うのと、早く終わってほしいという願望が渦を巻いていました。
手の皮が一枚剥げて車のハンドルが握れないなんて言う事もありました。
手の皮が一枚剥げたのはオイルコーティングした太縄を地面に脚を投げ出して腕だけで登る訓練でした。
滑ってなかなか登れないので、ズルズルと皮が剥けていきます。
一皮剥けると"見せてみろ!"といわれ見せますが、開いた手のひらにヨウチンを塗られます。
それは飛び上がるほど染みるので、"痛かったら署の周りを走ってこい!"と言われます。
あー!と叫びながら約200mくらい一周走って来ます。
回って帰って来ると"皮手袋"を付けて手首をビニルテープで巻きます。
これで登るのか?と思うと、そんなに甘くはありません。
「"革手袋"付けたんだから自分と同じような体格の奴を背負って登れよな!」と言われました。
ひどい傷を負っても人1人を背負って救い出す…そんな狙いがあるわけですが、上がれるわけもありません。
しかし、上がれるかどうか?よりも、とにかく上がろうとする…事が大切なのです。
理不尽な当然出来るわけもない内容や回数を延々とさせられるわけですから、半端な嘘はつけませんし、嘘をつく隙間もありません。
これには堪えました。
その当時は学校は無くて、先輩署員に鍛えてもらう方法でした。
翌年には消防学校が出来たので、先輩署員に鍛えてもらった最後の初任者でした。
初任訓練中に先輩と面識ができるので、本採用後の配置後も勤務しやすかったです。
野球なんて遊び程度でしかやった経験は無かったのですが、先輩達が作っている民間チームに誘われて大会に出ました。
センターで1番バッターでした。
早朝野球リーグという大会が始まりました。
打てるし走れるし…楽しかったです♪
なんか自分じゃないみたいでした😅
出塁すると必ず盗塁!
センター前ヒットなら走者がアウトになる送球!
打率は5割を越え、センターオーバーのランニングホームランも打ちました。
大会では準優勝❣️
他のチームからも誘われましたが,身体は一つ(笑)
ユニホームは確か3着持っていた(所属していた)と記憶しています。
身体と精神を鍛えればそんな結果を残せる選手になれるのです。
公式の球場でセンター壁に直撃のヒットもありました。軟式球なので、なかなか打てないと思います。
後に今の仕事に変わってから、商店街の野球チームの大会にもキャプテンで出て、センター、一番バッターで3連覇しました。
チーム内には高校時代に硬式野球をやっていた者もいました。
彼らと一緒に野球が出来るレベルだったとは思いませんが、相手のチームに甲子園に出で投げたと言うピッチャーがいる試合でそのピッチャーから3打数3安打したのは痛快でした。
それ以後は野球からは離れましたが、とても良い思い出です。
結婚後に転職する事になるのですが、その前に自分自身が辞める事を納得出来る"成果"が欲しいと思っていました。
3年目にレスキューチームに選ばれて先輩と一緒に練習するのですが、なかなか目が出ませんでした。
2年目の春にある事がキッカケでまた奇跡が起こりました。
続く。