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あいだクラブログ

人と人、地域と地域、団体と団体など
様々な”あいだ”をつなぐ役割を担いたい☆
つながりの基本は人の”愛だ~”という
地域総合型スポーツクラブ”あいだクラブ”です
スポーツを軸にして活動しています

 消防吏員いわゆる消防隊員になるわけですが、その初任訓練が半端ないのです。

 訓練期間が終わるまでに1人脱落しました。


 絶対に諦めない。

 もう無理だと思わない。

 どんなに過酷な状況下でも我を失わない。


 そういう精神性を養うために、常識を越えた訓練をさせられました。

 この訓練を終えたら、いったいどんな自分になるのだろう?と思うのと、早く終わってほしいという願望が渦を巻いていました。

 手の皮が一枚剥げて車のハンドルが握れないなんて言う事もありました。

 手の皮が一枚剥げたのはオイルコーティングした太縄を地面に脚を投げ出して腕だけで登る訓練でした。

 滑ってなかなか登れないので、ズルズルと皮が剥けていきます。

 一皮剥けると"見せてみろ!"といわれ見せますが、開いた手のひらにヨウチンを塗られます。

 それは飛び上がるほど染みるので、"痛かったら署の周りを走ってこい!"と言われます。

 あー!と叫びながら約200mくらい一周走って来ます。

 回って帰って来ると"皮手袋"を付けて手首をビニルテープで巻きます。

 これで登るのか?と思うと、そんなに甘くはありません。

 「"革手袋"付けたんだから自分と同じような体格の奴を背負って登れよな!」と言われました。

 ひどい傷を負っても人1人を背負って救い出す…そんな狙いがあるわけですが、上がれるわけもありません。

 しかし、上がれるかどうか?よりも、とにかく上がろうとする…事が大切なのです。


 理不尽な当然出来るわけもない内容や回数を延々とさせられるわけですから、半端な嘘はつけませんし、嘘をつく隙間もありません。

 これには堪えました。

 その当時は学校は無くて、先輩署員に鍛えてもらう方法でした。

 翌年には消防学校が出来たので、先輩署員に鍛えてもらった最後の初任者でした。


 初任訓練中に先輩と面識ができるので、本採用後の配置後も勤務しやすかったです。

 

 野球なんて遊び程度でしかやった経験は無かったのですが、先輩達が作っている民間チームに誘われて大会に出ました。

 センターで1番バッターでした。

 

 早朝野球リーグという大会が始まりました。

 打てるし走れるし…楽しかったです♪

 なんか自分じゃないみたいでした😅


 出塁すると必ず盗塁!

 センター前ヒットなら走者がアウトになる送球!

 打率は5割を越え、センターオーバーのランニングホームランも打ちました。


 大会では準優勝❣️

 他のチームからも誘われましたが,身体は一つ(笑)


 ユニホームは確か3着持っていた(所属していた)と記憶しています。


 身体と精神を鍛えればそんな結果を残せる選手になれるのです。

 公式の球場でセンター壁に直撃のヒットもありました。軟式球なので、なかなか打てないと思います。


 後に今の仕事に変わってから、商店街の野球チームの大会にもキャプテンで出て、センター、一番バッターで3連覇しました。

 チーム内には高校時代に硬式野球をやっていた者もいました。

 彼らと一緒に野球が出来るレベルだったとは思いませんが、相手のチームに甲子園に出で投げたと言うピッチャーがいる試合でそのピッチャーから3打数3安打したのは痛快でした。


 それ以後は野球からは離れましたが、とても良い思い出です。


 結婚後に転職する事になるのですが、その前に自分自身が辞める事を納得出来る"成果"が欲しいと思っていました。

 3年目にレスキューチームに選ばれて先輩と一緒に練習するのですが、なかなか目が出ませんでした。

 2年目の春にある事がキッカケでまた奇跡が起こりました。


 続く。

 この後もまだ話は続くのですが、何を伝えたいか?というと、"自分自身を信じる(=自信)"事が出来て、自分自身で我が身を客観視して、自らに何を課すのか?を決めて続けられるか?…

という事です。


 自分の未来をどう描くのか?描いてさえいないなら、ラッキーも起こらないかもしれません。

 

 本の或るページの記事、出会う人…自分以外の関わりも活かせるのか?

 "引き寄せの法則"とでも言えばいいのかも知れません。

 

 3年間、スポーツで県一位、成績は学年で一番…

3年間の通知表の平均は4.75…。

 統一模試などの点は良くありませんでしたが、学校内の先生が作った試験はほぼ100点でした。


 大学は家の都合で入学金や授業料の安い私立のC大学へ

 下宿も3畳一間月¥6.000の家賃の所にしました。

 部活するとお金がかかるので学校オンリー


 ただ大学を出ても何も残らないと思い、教員養成課程を受講しました。

 出身校(中学)での教育実習は楽しかったです♪

 自分の9歳下の弟をそこで教える事になるとは思いませんでした(笑)


 なので高校と中学の社会科の教員免許は持っています。

 教員にはなれず、消防吏員の試験を受けて消防士になりました。


 続く

 入学式当日、初めて高校の門を叩き手続きを済ませて校舎へ向かった。

 校舎の入り口で教頭先生らしき人に声をかけられて校長室へ案内された。

 いったい何なのだろう?

 椅子に座って待っていると説明があった。

 入学試験でトップの成績だったので、新入生を代表して挨拶をしてほしい。

 ここに書いてある文を読んでくれれば良いから。

 とのことだった😓


 その当時は学力試験50%、内申点50%の比率で審査されていたと思う。

 中3になって郡体、県大優勝という成績が内申点を大きく押し上げたのはいうまでも無い。

 この時点で県一位、成績一番が叶った。


 根拠のない目標はスポーツと学力の両方で達成されたのです。

 この後は最上級生からのイジメや、陸上部創部などをこの学校で経験することになった。

 練習はひたすらに黙々と。

 勉強は授業に集中した。


 叶った2つの目標に驕る事なく、むしろその偶然が偶然で終わらないようにと努力をし続けた。


 集まって来たものは陸上部創部を共に経験する事になった。

 

 続く