同じ職場の人の送別会があった。
ほんとにいい人で惜しまれながら、家庭の事情でやめられた。
違うぐるーぷだったこともあり、直接関わることは少なかったけど、周囲に愛される人柄をすごく感じていた。

そんな送別会の帰り道
とぼとぼ歩いてて思った。

今日のような別れを通して、成長の糧としていくのだろうなと。
人生の中で出会いと別れはつきもので、一喜一憂してしまうこともある。
ただ、それぞれの出会いと別れから自分は何を学び感じたのか、それを振り返り残していくことがとても大切なことのように思えた。

送別会の二次会を不参加でおいとましないといけない場面で、主役の方と少し話すことができた。
職場での顔でなく、少しかもしれないけど、その方の素顔が見られてとても嬉しく感じた。
自分が思ったまま感じたまま
を話したことが相手に届いているのも感じられた。
その会話の中で、自分にとっての喜びはコレじゃんと感じた。
相手の素敵なところを発見し、それを相手に伝える。
誉めるとは少し違い、自分が思う事実を伝えていく。
そんな素敵な方と出会えたことが嬉しくもあり、そういうやりとりが好きなのだろうな
このやりとりをしたあとは、とても世界が明るく美しいもののように思えた。

今後もこういうことをたいけんしていきたいな

そして、こうして記録に残せたことが嬉しい。

今日の主役の方、ありがとう!
これからも、お元気で!!!
アメブロを開設してたことも忘れるくらい久々に書きます。
どのくらいの久々かはわからないが、
ここ最近の自分はなにかを言葉なりで表現することをまったくしてなかったと思う。
それが故に、どこか閉塞感を持っていたり、くすぶっているところがあった。
どうしても20代のあるしゅ思い付くままに
なにかを懸命に表現していた。
走り回っていた
そんな自分自身も好きだった
今はそんなフットワークはなく、
くすぶりつつも
今の環境に満足している自分がいた。

じゃあ、これから
というより
今の俺はどうしていきたいのだろう?
と問いかけた時に、本を読んでみたり
こうして文字で自分の気持ちを書いてみることにしてみた。

誰かに見てもらうというより、ただ自分のなかにあるものを出したかっただけだと思う。

そして、それが一歩なんだろうな~と思っている。

日々のなかで色々思うことはあれど、すべて蓋してしまってるから、蓋をするでなく出していきたいと思う。
いろいろとやってきた結果
結局何も変わっていないように
自分自身では感じてしまう。

変化はしているのだろうが、
それが変化として認められない
いや、変化=進化と思っているから。

今は退化しているように感じてるのだろう
認めたいのだ、自分を
誰かに認めてもらいたいのだ、自分を

そんな自分という枠すら外してしまえばいいのに
どうやったら?
考えたところで明快な答えがでるわけでもなく
同じように見える道をあれこれあれこれ
模索しながらきたけど、
結局はわからない。
目の前のことしかわからない
つまりは目の前のことしかできないってことか

納得できない
自分が選んだことしてきたこと
何よりこれからどうしていこうとしているのか
俺には分からない

さてどうするよ
これから
一度死んだ気にでもなって
なんかやらかしてもええんじゃね