未だ未だ凍てつく寒さが続いてた3月上旬。体調も良く年明けからフルタイムで仕事を始めて、2ヶ月経った頃でした


ある事がきっかけで、私と同じ病を患っている息子さんのご両親とお会いする機会がありました


息子さんは私と同じ2011年に病気を発症し、再発を繰り返し、手術の回数も私と同じ4回。再発の為、一週間後に手術を予定しているが、かなり厳しい状況とのことでした


人ごととは思えず、まだ10代の若さだし、何とか乗り越えてほしく、私は励ます事しかできませんでしたが、この約3ヶ月間ずっとその息子さんの事を考え、祈ってきました


317日に受けた手術の直後、余命1ヶ月を宣告され、泣き崩れるお母さん。先は長くないと言われた息子さんは、お母さんに「僕は死なないよ」と言ったそうです


息子さんとは、「お互い同じ病気を持つ者として、この病気に寛解はないと言われてるいるけど、私たちが治ったという症例を一緒に作ろうよ」と言葉を交わしました


残念ながら、それは叶う事なく、昨日の午前7時半に息子さんは天国へ旅立たれたとお母様より訃報のお知らせを頂きました


本当は今日お見舞いに伺う予定だったのに、お別れに会いに行くことになるなんて、残念でなりません


息子さんのご冥福を心よりお祈りするとともに、これまで本当によく闘って来たね、お疲れさま、と伝えたいです


そして、私が元気でいる姿が、希望になっているという言葉に、私は逆に励まされ、元気で居続けようとまた強く思う事ができたので、感謝の気持ちも伝えたいです


そして、彼の分まで生きようと思います


たまたま、東大病院の医者が体験した医療現場で起こる不可解な現象について書かれてある記事を読みました こちら。そういった現象を数多く経験するにつれて、人間の生死には私たちの理解を超えた「何か」が働いているのではないかと考えざるを得なくなったそうです。その何かとは、「寿命が来れば肉体は朽ち果てるが、霊魂は生き続ける。その意味で、人は死なない」、つまり人間は肉体とエネルギー体、いわゆる「霊魂」に分かれているという内容でした


そして、文中の「この世界には我々の理解を超えた現象はいくらでもある。言ってみれば、人間は巨大なゾウの体の上を這い回っているアリに過ぎません。アリがいくらゾウの体を探検したり、研究をしたところで、結局、それはミクロな発見でしかありません。マクロなゾウの全体像は、アリの能力では決してつかみきれない。それと同じことなんです」という部分、大変共感しました!


私もそれが言いたかった! 私達は、どうしても目に見える事ばかりに気を取られてしまいがちですが、実はこの世界には科学や医学では説明できない見えないものが存在し、むしろその割合の方が圧倒的に大部分を占めているのだと思います。偶然にしては出来すぎてるという経験をした事ありませんか? 私は何度もあります。目に見えない「何か」に導かれてるような感覚


記事には、「現世」と「死後の世界」の関係についても、こう書かれてました(以下抜粋)


"私なりの考えでいうと、我々の生きている世界はいわば競技場のようなものです。私たちはこの競技場の中で、人生という苦しい競技に参加し、お互い競い合っているわけです。


その中で、「あの世」はいわば競技場の観客席です。観客席と競技場の間にはマジックミラーがあって、こちらから向こうは見えないが、向こうから私たちの様子を見ることはできる。やがて競技が終わると、つまり肉体的に死ぬと、私たちは霊魂となって観客席へと移るのです。そして、もう少し競技をしたいと思う人は、競技場の中に戻るように、再びこの世に生まれ変わることができるのだと考えています。"


この考え方、私も共感できます


息子さんは、この世での役目を果たし、新たなステージを移られたのだと思います。きっと、どこかで別の形で生き続けているんですよね