ここ最近まで、私は読書が好きなのだと思ってた。実際小学校中学年のとき図書館の開館ちょうどくらいから閉館くらいまで居座って昼ご飯を食べるのをサボるくらい多くの児童書を読んでたことあるし、それを両親からも認識されていた。

 

でもそのあと色々あって読書する気が失せてしまい大人になった今もそれは変わらない

そんなときふと、よく考えたら元々私は読書はそんなに好きではなかったのではないかと思い始めた

 

理由を考えたら小学校低学年の頃、同じ児童向けでも当時の我が家にはサブカル系(しずくちゃんとかホビアニ系、漫画アニメ)の読み物が一切なかった。あったのは図鑑や親がどこで購入したのかわからない教育系や絵本屋に売っていそうな内容の絵本ばかりだった

別に両親から漫画アニメゲームを完全に規制、否定されてたわけではなかったはずだが、でもやっぱりサブカルよりもよい子の教育よりだった記憶が強い

 

ある日同級生の家に遊びに行ったとき、当時の我が家では考えられなかった上記のようなサブカル系の読み物が沢山本棚に置いてあった

初めて読んだ時、そのジャンキーだけど癖になるキラキラわくわくする絵と内容に私はのめり込んでしまった

 

以降私はそれらを読みたいがために、友達みんなでその子の家に遊びに行った時も私は誰ともつるまずただ一人でそれらを貪るように読み漁った。たとえ他の子が帰宅しても、日が暮れても、みんな帰ったと思って部屋にやってきたその子の親に見つかるまでずっと。

 

当時から図鑑を読むのも大好きだったしそこで得た豆知識を親に自慢げに話して褒められたことは普通に嬉しかったし、毎晩読み聞かされた絵本、例えば落語の絵本で面白いと思ったシーンで何度も笑ったことは今でも覚えている

でも我が家でサブカル系の読み物には触れたことがなかった

 

そもそも親自身も単行本並かそれ以上の厚さの本を読むのが好きではなかったし、物語を楽しむタイプではなかった。私に与えた書籍たちの内容的にもあくまで優秀な脳みそに育てることが目的にすぎない。

 

中学以降、図書館に行っても小説らしい小説すらほぼ読まなくなり今では5ページ以上になる小説を読むことすら億劫に感じる

こんなのが本当に読書好きなのか?

 

ジャンクな食品を規制され続けた人がよその家に行ったときや大人になったとき反動で貪り食うように、小学校低学年当時の私は今まで触れてこなかったジャンクな作品を貪り読んでいただけで本当は読書そのものは好きじゃなかったのかもしれない