母が精神科病棟へ入院した直後、2日連続で面会に行ったばかりでしたが、母のことが気になって、お正月早々に病棟へ電話しました。






お正月だし、母の状態によってはNGかも知れないけれど、少しでも母に面会できる日があるなら…と。あくまでも様子伺いのつもりで。






電話で対応して下さった方(名乗られなかったけど、おそらく看護師さん)からは、「先日も立て続けに来てましたよね?」と、トゲトゲとした一言。その口調に私は瞬時に萎縮してしまいました。






「同じ人が立て続けに頻繁に来られるのは困るんですよ、感染症のこともありますし。規則としては同じ人物は1週間に1度だけ。面会時間もなるべく短く15分以内にして欲しいんです。」






ご指摘はごもっともで、ご時世的に面会制限されているのは当たり前の事。それなのに、余裕の無い私はまったく配慮が足りていませんでした。






私は少しでも母の気持ちがほぐれれば…と思い、面会をしたかっただけで、規則を破るつもりは毛頭ありませんでした。2日連続で面会に行った時も事前に病棟に了承を頂いていたし。






面会時間については確かに2回とも15分をオーバー。でも現場の看護師さんからは、面会の始まりに「基本的には15分ですけどね…そこはまぁ…」と言われていて。実際、時間オーバーで注意されなかったので、それを看護師さんのご好意だと受け取ってしまいました。






その面会時間オーバーが看護師さん達の間で問題とされて、この電話で責められているのだとしたら、その都度その場で声掛けするなり、注意するなり、タイマーセットするなりしてくれれば良かったのに…。






私の自分勝手↑な主張はありますが、勿論そんな事は口にしません。看護師さんの母への対応に少なからず影響が出ると嫌なので…。(プロフェッショナルの方々だから、その様な事は無いと思いますが)。






でも、こうして指摘されるまで、私が気付けなかった・配慮できなかったのは事実。私が全面的に悪いです。真摯に受け止めて、何度も謝罪しました。






と、ここで終われば良かったのですが…先方の話にまだ続きがありました。






「それに面会に来られて、お母さんは(私が)娘さんだと分かりました?」






この言葉に私は絶句しました。あまりに驚いて返事が出来ずにいると、先方は聞こえてないと思ったのか、もう一度同じ言葉を繰り返して来ました。






「面会に来られて、お母さんは(私が)娘さんだと分かってます?分かってないですよね?午前中、病棟の扉のところで帰りたいと言ったりするので、帰宅願望があるんですよ。慣れてもらうまでは…」






あたかも “面会に来ても無駄だ” 、“面会に来られると帰宅願望に繋がるから迷惑だ” と、言われているようで、私は大変ショックでした。






 お恥ずかしいながら、私はこの言葉に堪えきれず咽び泣いてしまって。何度もお詫びしながらまた改めますと電話を切るのが精一杯でした。






まるで斧で心臓を真っ二つに切断されたような痛みが込み上げて来て、息をするのも大変なほど悲しくて苦しかった。姉に悟られないように家の外へ出て、涙が収まるまで2時間ほど河川敷で過ごしました。






河川敷には家族連れで歩く人や、越冬で飛来した鳥の群れたち。皆 家族や仲間と過ごしているのに、どうして私は母に会えないんだろう。そんな感傷からなかなか抜け出せなくて。






それもこれも、あの日、私が母の手を放してしまったせい。私がしてしまった事への代償。それなのに、苦しい・悲しい・ツライと泣けてしまう。逃げ出したいと思ってしまう。なんて自分勝手なのでしょうか。











ひとしきり泣いた後、帰宅してテレビをつけると、大きな災害が起きていると知りました。その甚大さに震え、つい先ほどまで世界中の不幸を背負っているような気でいた自分が恥ずかしくなりました。