こんにちは


あみこ、です。





わたしは実家で

シングルで5歳の娘を育てています


 



わたしとわたしの娘 ゆっさん(5歳)は

言葉に敏感に反応します。






( むすめの存在で

幼い頃の自分について

理解をするようになった気がします 




ありがとう。 )









今日は、

むすめがばぁば( わたしの母 )に

教わりながら

トランプのババ抜きをしていました。







そこで、トランプをおしまいにして

その後





急に


ばぁばの言った

ビリという言葉に



ちくちく言葉言わないで!

謝って、と 反応した



ゆっさん怒り大泣き





娘にとっては

急じゃ無いんだろうな







負けたことを、

ビリと言われて 悲しかったゆっさん







孫娘の反応に、


そんなつもりじゃなかった、と

繰り返すばぁば




でも、泣き止まない娘 ゆっさん







そして 

母は呆れた顔して

別の部屋に行きました




( 何かあっても直ぐに


いいよ

もう 気にしてないよって

言ってくれたら助かるのに…


ゆっさん こだわるなぁ。。と



私も本当は呆れた顔したいのだろう、と

思います。




でも、

自分がされたら傷つくからやれないし



良い人したいんだろな



娘が幼い頃の自分とダブってしまい

できないし





思ってても、感じてても

それを

表に出すか、出さないかだけ??



悪人なんて居ない。。




家族に嘘つかない母(ばぁば)    )







私は、胸がちくりとしました




そうして、


幼い頃

私が泣いてた理由を知った気がしました。







第三者になって

母の言葉を聴いていた私は




そこに、悪意や嫌な気持ちが

ほんとは少しも入ってない事を知りました





いまごろ…




今頃になって。









幼い頃 

自分の発言で

大泣きする私をどうしたらいいのか

分からなくなった母は




背を向けて

ふん!としたように見えましたが




自分の言葉で

また この子を傷つけてしまった

悪気は無いのに…





いつも、やってしまう



そして 


娘に合わせて自分を変える事できない

悪い事してないし




この子はこの子のまま

私に合わせて変える事はできない





ただ

楽しませたかったのに

さっきまで 楽しかったのに




笑わせたかったのに…





母は

そんな事を感じてたのかな、と

妄想して






言葉はただの言葉でしか無い、と



泣く私に

母はいつも

何度も言ってた事を思い出しました





開き直り

言い放ち、にしか思わなかった

あの頃





本当だ



ただ 言っただけ。だったんだね




そこに

こちらが受け取るほどの意味は込めていない




悪気ない







言葉のチョイス 

表現はさまざま




みんな 自由

みんな 自分で生きている





だから 誤解とすれ違いは切ない。






笑わせたかったのに

なんで いつも こうなっちゃうんだ





こんな自分だから

私が悪いんだ、って



お互いが 自分の事を責めてたかな








傷つけてしまう自分って

思い込んで悲しかったかな




傷付き過ぎ

気にしすぎ、って思って

強くなろうと

いつも 思ったな





愛するひとに嫌われたくなくて

変えられない自分に苛立って

でも、愛されたくて


頑張ったな







むすめは

1人にして、と 言って

こたつの中に潜って

自分で心を落ち着かせる



そんな風にして

ゆっくり 戻ってきます






この時、

むすめが熱くなってしまう事が

心配で

私がコタツから

ゆっさんを引っこ抜こうとしたら

出てきません




それを見て

ばぁばが

コタツのスイッチを切っといてあげて。と

言いました



コタツ

暗くなるから

どっか コタツ布団開けてあげて、と



自分が近くにいると火種になると思って

でも 

隣の部屋に来て様子を見て話しかけてる



おねだり





母の普段の行動と

普段の娘と母の関係から



娘は 

あの時の私より

ばぁばへの

誤解が解けるのが早いですほんわか






わたしの家は



まったく違く見える

お互いが

仲良く暮らす方法は





お互いが変われないし

共に

無理する事も苦手だし

(  お互い 何度もやってみたけど )






たまに、

ガッカリな気持ちを感じる

こんな事を

繰り返して

また 何もなかったように

一緒にご飯を食べる、という感じです。







何かあった時

ま いっか とか

ま いいや。って



流す、って

私は納得が出来なくて



まぁ、いいやが 

好きじゃなくて

出来なくて



ちゃんと 謝罪をしてくれたら

終われるのに。って

私はよく思ってました。





同時に

傷付きやす過ぎる、

私が悪いんだ、

でも、治らない 直せない、と

自分をとても嫌っていました






( そして、謝ってほしい娘

絶対に謝らない母という図式 笑




これ、人生で

人を変えて

私は何度もやりました



そして

謝られても何だか

その謝り方で また許せない 。。笑




母は、母的に

本人悪い事してないから謝らない

謝ったとしても

なんか腑に落ちなくて

そして どうせ謝っても許してくれないと

思ってるし

そもそも謝りたくないから

謝罪の気持ちは込めない 。。笑




私は

反省の態度や姿勢を示してくれる事が

自分への愛を感じてたのかな




確かに。。

書くと めんどくさい自分






そして、

反省してるように見えない母に

ちゃんと謝って!と

また 始まる。。



そして 何かを言い捨てして逃げる母 。。。 




これも、

言い捨てじゃ無く

母なりのやっちゃった感と

めんどくさいの混ざった

困ってる表現だったのかな )







今思えば 

母にとって 

言葉はあまり意味を為さない

( 気持ちは行動でしっかり示す 。。 

後から 何か好きそうなものを作る、とか )





私や娘のゆっさんは

優しい言葉を好むのは

言葉が出す 

音の力のようなものの影響を

受けやすいからなのかもしれません







( こういう事を考える事自体

母にとっては めんどくさい←疲れてしまう



だから、

面倒くさい娘、となる 笑




元々の性質や特質、育った環境 等

全部が違うから

生き方や考え方も違って

理解が難しいのかな



でも、案外



母も敏感な性質故に

それを超えて生きる術を身に付ける生き方を

してきたから



いちいち 拘るな、と

言いたくなるのかもしれません。





そして


言われた事をやって

褒められたいのに



拘わらない事が

出来ないから




拘るな、とか

気にしすぎ、と言われると



しんどく感じたけれど




それをいう人の言葉や存在やその姿勢も

本当は

私にとって大切だったな、と

いま 感じます。  




それが、

やれなかったとしても。。 )








謝って、と

娘のゆっさんが言った時

本当に欲しかったのは

きっと 



安心かな 。。





ちくちくする胸の痛みを

自分で 抱えられず

しんどかったかな









そんな時



あなたが好きだよ




その反応をするあなたが

その反応した時

悪い子だ、自分。って

その自分にも傷付いてる事知ってるよ

でも、

貴方が

良い子だって知ってるよ






そんな言葉を欲しかった私 (//∇//)









母 (ばぁば ) は、



嫌な気持ちで言ってないよ

悪い気持ちでやったんじゃ無いんだよ




傷つけたかったんじゃ無いんだよ

傷つけてしまって

とても傷付いてるよ




でも、ごめんねは

言いたく無いよ

そんなつもりでやってないし

また 同じような事やってしまいそうだから



ごめんね、が嘘になりそうだし…

嘘ついた、って

また 信頼が壊れたら怖いよ







そんな事を思っていたかな

( そうでもないのか?😳 ?笑



なんでもいいや 





いまは、どうでもいいと思ってきました… 



母に似てきたのかな  )







そして、お互いが



あーーーーー、

もう どうしたらいいか分からない

こんな私嫌われてしまったかな






嫌われたんなら

もう、いいよ

私も貴方なんか嫌い




それでも、、本当は

やっぱり 仲良くいたいよ



って、毎回思ってたのかもしれません。





( これも、私の主観ですね。。😳 )









今回のババ抜きビリ事件では、、





☆母


あーーあ…

嫌な事 また言っちゃったのか…

私、怖いって思われたかな





☆娘ゆっさん



直ぐに泣いて

面倒くさいと思われたかな


何で気にしちゃうんだろう






、とか

そんな反応が起こってたのかな






(   こんな勝手な私の妄想




わたしの頭の中に

飛び交う ばぁばと娘の心の声






でも、これらは




幼い頃の私自身の声と




私が娘に対して

罪悪感感じる事した時の

今の私の心の声なんですよね、、  )










ビリって言葉も



母の孫娘に対しての

可愛いらしいニュアンスで

言ってた事が

当事者じゃ無いと伝わってきて





人の数だけ

感じ方も受け取り方も違うことを

実感しました





小さな子の一生懸命さと

言葉への想い

繊細さも

今なら 可愛いと娘の反応に感じます






嫌い、と

つい 言う時の言葉も

もっと もっと 悪そうな言葉を言う時も

本当の気持ちじゃ無い事も多い






数えきれないくらいの摩擦が

あったら

数えきれない仲直りとやり直しを

したらいい







意地を張って




差し出された バニラアイス🍨を

すごく食べたいのに

自分の部屋に篭って

我慢したり




いくつも

そんな事をしましたが



アイスを差し出されてる時点で

大事にされてた… 










🌸🌸🌸



むすめのお風呂の中での

遊びがとても長いので、




私は一緒に遊んでると

茹だります





この日は

一緒に入らずに

思い切り遊ばせよう、と




脱衣所に

ポットとカップを置いて

優雅にお茶しながら

入浴中🛀の娘を見てよう😳✨と

思ってました。





ですが、



むすめの

おトイレタイム、とか



むすめもお茶を飲みたがる、とか



むすめが脱衣所も遊び場にし始めた、とか






(  ワンピースのままで

お風呂当番はダメでした



何とかなるだろう、と

思ってしまいました。 )






諸々と


結局 

この日 やる事が多くなって

優雅じゃなかった

ダメでした 。。 





でも 

お茶飲みながらとかやってみて

楽しかったです。






長い文を読んで頂いて

ありがとうございました。