こんにちは

あみこ、です。






お母さんだから、
こうあらねばならない。という



義務感に縛られて
長く苦しみました。




多分、
強い義務感に縛られたのは




自分の両親に対して



お母さんなのに、〇〇してくれなかった

お母さんなのに、こんな事をされた

お父さんなのに、〇〇しなかった

お父さんなのに、こんな事をした、と




過去の体験で出来た
寂しさ、悲しさを持っていて



我が子には、
そんな想いはさせたくない
そんな想いからでした。





でも、
両親から
やって貰ってきた事のほうを

ちゃんと しっかり
受け取れていなかった事に
気が付きました。





乳飲子の頃の
あの 
本当に何もできない自分を
両親が世話をしてくれたから


今、私が生きている。





私の両親は
私の両親であるけど



ただ個人

ただひとりの人である



そう感じるようになりました。






それぞれが、
一生変わらないキャラクターや
その人の核を持って
とごまでも生きている





Aさんと、Bさんが
結婚して子供が産まれたので


お父さんとお母さんになった。





でも、


そこで いきなり 
その人の核が変わる事は無い😳



(  変わらなくてもいい )






そのままのAさんとBさんのまま
父親と母親になった



いきなり
パワーアップして
すごくなるとかも無い





経験を積んで
子育てに必要なスキルは
少しずつ
上達をするけれど


その人の核は変わらない





お父さんと
お母さんになったけど



子どもが期待する事に
応えられない事も出てくる





お父さんと
お母さんになった途端に
スーパースペシャルなものにはならない




何でも 
出来ちゃうチカラや


何でも 
受け止める人格 



永遠に減らない体力 


すべてに対応できる知識 等




子どもを幸せにしたいから
最高な親になれるだろう
何かを求めながら






そのままの自分で


時に
答えのない
終わらない
子育て時間を毎日繰り返しやっていく



それを、
親になって知りました。




疲れる時も


どうしたらいいか分からず
嫌になっちゃう時も



もう無理だと思う事も



疲労が取れない時も



可愛いから、やる。





かなり 
くたびれ果てた時には


普段 常に
自分を縛ってる
母としての義務感さえ薄れて



でも、やる  



ただ それだけ




私は
そこに、完璧は無理でした。





できない事もある
やれない時もある



それが、どんなに
子どもにとって必要なことでも。





多分、みんな
誰かの寂しさを全部取るなんて出来ない



その人のすべてを
自分ひとりが、満たそうなんて出来ない





( 私は 
お母さんになる時

そんな途方もない役を
やろうとしてしまってた気がします )




助けを借りたり
その人のちからを信じたり



大事な存在を大切にする方法は 
1人で背負わないこと、だと
思います








私は
大人になってから、両親へ





愛していたら
自分の期待に応えてくれるだろう



お願いを聞いてくれるだろう



困っていたら
必ず助けてくれるだろう


と、
親なのだから…と



両親の
そのままを見る事が出来ず


私の中の理想をぶつけていました。





( 幼い頃は
自覚が無かったけれど

我慢をたくさんしたんだと思います。



その怒りは
成長した後、親へ向かいました
そして、同時に
自分の心と身体に向かいました



自分のせいで傷ついた自分 (被害者)と
自分を傷付けた自分 (加害者)が


自分の中で大喧嘩




お互いに言い分があるのに、、


我慢することしか知らなかった😳とか
それしか、やれなかった、とか。





そして


過去の苦しみに囚われて


どんなに 
当時とは状況が変わっても


どんなに 
当時とは相手が変わっても


過去にされた事に拘り続ける自分が
変わらないから


今の自分を幸せにしない、
という真実を知って



自分の中の 


小さな自分や今の自分が
話し合いを続けました 。。)









どうしても、



やって貰った事は
両手から
溢れてゆくみたいに
抜けてしまった




嫌な記憶が鮮明に刻まれてて
頭から離れなかった



赦せない気持ちが、
無くなりませんでした。







でも
期待する事に疲れて



自分自身を
振り返ってみると




自分は
相手の期待に応えられるのか?
相手の思うような自分になれるのか?



と、考えたら




出来ない事を
期待され続けるのはしんどい



と、感じました。





相手と自分は、
どこか おなじでもある




出来ない事や
どうしてもやれない事
元々 とても苦手な事や


相手が求めてなくても
自分には得意な事


相手の為、と努力して何とかした事




そんな色んな事を持って
日々
目の前の人と向き合ってる







自分が親になり
両親は、凄かったんだな。と知りました







育てて貰った期間


両親は
私にとっては
最悪な事もしたし
酷い事もしたし
勝手極まりなかったし
迷惑もかけられたし
絶対許せないと思う事もしました。





そして、
私も、両親と娘に対して
そうです。




両親や娘の立場からしたら
不満も 理不尽も、
ママのこんなところがすごく嫌も
いっぱいあると思います。






自分の為にも
相手からして貰ってる事も
一つずつ、
ちゃんと受け取りたいと思います。




自分のダメさも、弱さも
自分で許したいと思います





( ダメと思ってる自分
弱いと思う自分、、、も

ぜんぶで自分 )





そうして、


相手に抱いている
過度な期待を手放す事は
大切だな、と思います









そして
自分に対しても
要らない期待を手放して


本来求めていない
押し付けの鎖から
解き放ってあげる事が大切だと思います





きっと
1番初めにやる事は



自分に対して
本来は求めていない期待を
ひとつずつ辞めてゆく事。




女性だからこうあらねば

母親だからこうあらねば

人とはこうあらねば、 という




鎖を

丁寧に ひとつずつ
解いてゆく作業の繰り返し





重たい荷物を
すべて取っ払って
そこに残った自分は

きっと そのまんまの私





人は
本来持っている 
ステキなものがあるのに



こうじゃなきゃダメ、と
信じて



魂が
求めていない期待を背負い
やらなくちゃと思ってきた




昔の自分が、
必要だと思って付け足したものを


いま、すべて 捨ててゆく





自分にする事が
目の前の相手にする事




近くで生きるから
お互いが、強く影響し合う




いつのときも
そのまんまの自分
そのまんまの相手で生きていい







そして


絶対に間違わないなんて出来ない




正しいだけで生きられたら
本当にいいけど、


赦したり 赦されたりして
やっていってるのが、


私の現状です。






両親に

むすめや私に対しての

ほんとは義務なんてない




それを、
やってあげなくちゃいけない理由もない



でも、助けてくれている




血が繋がっていても
それぞれが
どこまでも
己がひとりで生きている同士




個性が別々の4人が
家族になって
労りあって
暮らしを創っている気がしています








遠くまで
孫娘を連れて行って
たくさん 
遊ばせてあげてきても




娘の私に何か 
貰えるわけでもない






お友達たちとの会合😳に
誘われても


私と娘のことに合わせて
参加を決めたり、断ったりしてる。。





自分の自由時間が
とても減ってる




それでも
孫の面倒を見続けてくれてる






お父さん ずっと こうだった



なんだ
ずっと
大切にされてきたのか…





毎日 やってくれてることに、


凄いな、、、、


そう 感じるようになりました。