こんにちは


あみーご。です









荒ぶる神になった 理由




そんな言葉が 浮かんできました。。














怒りのぱわーは なんで あんなに




スゴイんでしょうか







ビビります









自分の怒りにも、 家族のも





特に 




我が家の むすめ 3歳の台風みたいなお怒り。。












悲しみは 形を変えて




拗ねになり





怒りになる。










悲しみは 怖いものじゃないのにな












怒りは 





ひとを攻撃するものになるから



おっかなくなってしまう。










相手に 向けられなければ 自分に向き





自分に 向けられなければ 相手に向いて






刃となる。









それで 気がすむかと言えば




まったく 気持ちは 満たされずに




虚無感に苦しむから。











自分の感情の激しさに





自分の敏感さに 生きづらさに




耐えられず






自分を 放り出してきた。









こんなものを 愛せない





ましてや、 面倒見たく無い







自分に、


放っておかれて どのくらい 立ったろう









放っておかれた 悲しみが 





憎しみのようになって






愛されたい!、と




諦められないあきらめが




ずっと 自分を蝕んでる。









嫌いなら 嫌いなまま





本当は 自分で 自分を


愛したい、という 本音を抱き締めた。











愛したい、という 純粋な想いと








好きになれない



色んなところが 嫌い、だという感情は



同居できる











どうか




ほんとうの 想い、だけで




生きてゆけたら。










どうか




なんでもいいから





どんな やり方でも いいから









自分を 大切にしたい!という願いだけで




生きていけたら










自分を 引き受けて



愛していけたなら












親に愛されなかった、という 




上等な 隠れ蓑は 





自分に 剥がされてしまった。








今、


自分を 愛せない苦しみに 対峙する時












愛したい



愛せない、





愛したいのに  愛せないんだ、繰り返して





苦しみたくなくて




愛そう、大切にしよう、と思っても






嫌いな自分に すぐに 目がいって

苦しんではいけない、と 思うことに





苦しんでる。







もう、いいや







どんな 自分の状態も 頑張りだ






そうだ 苦しめばいい




どんな 自分も 自分のために 頑張ってる











それが もう、



自分を 誰より愛している 証。











ほんとうは、 ただ





思うように 愛されない ジレンマに




駄々をこねているだけかもしれない










ちいさな娘が 教えてくれたことは、








わたしを いちばんにして欲しい





貰っても 貰っても ちょーだい







とにかく いつも


可愛がってちょーだい、 とゆうことです









私が、






愛犬・さっちゃんのことを 



友達、と言ったり








年齢を重ねた さっちゃんの身体を



さすってたら






毎回 爆発します。。











私を いちばんにして。









こんな 想い 大人の年齢になったら




恥ずかしくて 恥ずかしくて 言えやしないです













とにかく 自分を大切にしてあげる

笑えるほどに


馬鹿みたいだな、って 自分の中で声が聞こえるけど。



ひとさまに おっきな 迷惑かけてなきゃ 特に

やってあげたい、と いまは思います。





こうして 綺麗なデザインで写真を飾ってあげるのも

大切にする、 具体的な かたちで。。

自分のために 勇気を出してあげる




長い間 放っておいた

あたしの ご機嫌 治せるだろうか。。










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