2008年01月27日(日)

2008年冬 関東地方旅行4日目(10)


浜川崎 12:17 → 尻手 12:24


東日本旅客鉄道 南武線南武支線 普通

JR東日本205系クモハ204形クモハ204-1002



イメージ 1
産業道路から分かれて、浜川崎駅方面へ向かいます。高架上は貨物線です。




イメージ 2
こちらは鶴見線浜川崎駅のホームです。




イメージ 3
踏切を貨物列車が通過しました。もう少し早くついていれば撮影できたんですけどね。




イメージ 4
鶴見線浜川崎駅の看板です。




イメージ 5
こちらは南武線南武支線浜川崎駅です。両方の駅は道路があり、双方の乗り換えは一旦駅の外に出る格好になります。




イメージ 6
鶴見線の駅はホームとの間を跨線橋で結んでおり、こちら側の階段は一般公道に通じています。反対側はJFEスチール東日本製鉄所専用の出入口に繋がっています。




イメージ 7
貨物線の踏切です。通常はここを旅客列車が通ることは無く、鶴見線用車両が常駐している鶴見線営業所と所属区である中原電車区との間を回送する場合のみ通過します。




イメージ 8
ここで立体交差している高架の線路は、かつて塩浜操車場と安善駅方面を直接結んでいた貨物線で、廃止後もこのように放置されており、かなり錆びが目立ちます。




イメージ 9
元々は南武支線が南武鉄道、鶴見線が鶴見臨港鉄道によって開業し、それを戦時買収により国有化したものであり、旅客よりも貨物優先ですから駅の統合には繋がらなかったのでしょう。




イメージ 10
鶴見線の駅側には小さな商店があります。




イメージ 11
南武線浜川崎駅には自動券売機が1台設置されています。




イメージ 12
両線の駅が離れているので、乗り換える際も一旦簡易改札機を通ることになりますが、タッチせずに乗り換えなくてはいけません。通常ならそれなりの対応プログラムとするのでしょうが、そこまで投資するほどではないせいか、乗客の方で対応るするという何ともアナログなことになっていますね。




イメージ 13
1981年に訪問した際はここにED16が停車していました。当時はセメントの原料となる石灰石を、奥多摩から浜川崎まで運んでいたのです。




イメージ 14
保線用のDLですが、かなり長いこと使われていないようです。




イメージ 15
南武線ホームには205系2両編成が停車中でした。




イメージ 16
JR西日本が阪和線へ投入したものと同じく1000番台を名乗りますが、こちらはクモハしか無いのでバッティングは避けられた格好です。多分わざとそうしたのでしょう。ところで205系の改造車は各種登場しましたが、2000番台を飛ばしたのはどういう理由でしょうね?
また鶴見線方面へ繋がっている貨物線への旅客列車の運行は無いので、ホームのこちら側は柵がしてあります。なので実質行止まり式の1面1線として使用しています。




イメージ 17
尻手駅に到着です。





イメージ 18
ここも行止まり式となっています。尻手駅は南武支線(浜川崎支線)と貨物支線(尻手短絡線)の起点であることから、それを示す0キロポストが設置されていました。





詳しい地図で見る
現在の浜川崎駅周辺です。




イメージ 19
(国土交通省国土画像情報カラー空中写真閲覧 昭和54年度東京より)
こちらは1979年当時の浜川崎駅周辺です。