正月っていつ? | kuminsi-doのブログ:笑って介護

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どったんばったん・・・どったんばったん・・・ 

 

左足を引きずりながら義父が朝ご飯を食べにやってきた。 

「具合が悪い」アピール劇場の始まりだ。 

 

食卓の椅子の背もたれに右手、食卓台に左手を乗せ、 

やっとたどり着いたとでもいうかのように辛そうな顔で椅子に座りながら声を絞り出す。 

「もち米を浸してあるな」 

義母は顔色一つ変えず、食事をしながら自分とは何の関係もない事かのように答える。 

「まだやってないわね」 

 

――… 何を言っているのだろう、お餅をついて食べたいのか? 

 

義父は少し眉間を持ち上げ大きく息を吸い、怒りに任せ大きな声で言った。 

「30日には餅を御供えしなくちゃいかんだぞ、間に合わんじゃないか!」 

「だって、わしゃ、知らんわね、そんなこと!」 

義母も眉間を釣りあげ義父に対抗するように大きな声を出した。 

 

この返事が気に入らなかったらしく、更に大きな声で唾を飛ばしながら義父は怒鳴った。 

「餅を神棚に飾らんといけねえに、間に合わんじゃないか!」 

 

――…もしかして、正月の鏡餅の話か? 

 

そこに夫が入ってきた。 

二人の剣幕を気にする様子もなく新聞を開くと朝食を始め、軽く声をかける。 

「餅、何するだ餅を」 

「神棚に飾るだ、間に合わねえって言ってるだ!」 

義父は夫に向き直り、唾を飛ばしながら手ぶりを交えて、大きな声で必死に訴える。 

 

夫は冷たい視線で一瞥して義父に呆れたように聞いた。 

「今日は何月?」 

義父は自分の横にあるカレンダーを必死に見ると確認して答えた。 

「今日は7月だ!」 

「正月は何月?」 

「11月だ!」 

夫は初めて義夫の顔をまじまじと眺め馬鹿にしきって 

「正月が11月か!何言ってるだ、恥ずかしいわ!」 

言うと直ぐに新聞に目を戻した。 

 

義父は主張を通そうと泣き声で訴え続けた。 

「だでな恥ずかしくないように準備してえだ!」 

夫は気持ちを抑えきれず、大きく息を吸うと新聞を畳み、目を大きく開き義父に向かって怒鳴った。 

「正月は1月だろう、今から用意してどうするだ!」 

 

 

――…待てよこの会話、以前に聞いたことがある。そうだ、昨日の話だ。 

 

義夫が朝起きてくるなり言った。 

「今日は棚を作るだ」 

夫が聞いた。 

「なんの棚だ」 

「盆棚だ、お盆になるで、こさえなくちゃいけねえだ」 

夫は呆れたように聞いた。 

「今日は何月?」 

「7月だ!」 

「お盆は?」 

「8月だ!」 

「なんで1か月も前から盆棚を作るだ!」 

「うちはいつも早くから作るだ! 近所に笑われちゃいけねえで」 

「一か月も前からなんて作りません! 毎年8月13日に作ります」 

と二人で怒鳴り合っていた。 

 

 

昨日はお盆、今日は正月忙しい話である。 

それも今日は、連日30度を超える暑さの中、正月だなんて。 

 

――…いつから北半球と南半球が逆になった? 

 

いやいや、そもそも正月が11月だと言うことがおかしい。 

義父の頭の中はどうなっているのだろうか? 

 

「恥ずかしくないように準備してえだ!」と訴えるが、 

今は7月、充分近所にも笑われ恥ずかしいと思うが。 

 

 

夫は、大きな声ではあるがゆっくりかつはっきりと義父を宥めるように言った。 

「正月は1月1日だから、それに間に合うように12月30日には餅をつくから、大丈夫だから」 

義夫は引き下がらない、泣き声で自分の想いを主張した。 

「それじゃ間に合わねえって言ってるだ、だで早く餅をつくだ!」 

「毎年、俺らがついて、正月の飾り餅を作ってお供えしているから、心配しなくていいから、任せてくれよ」 

半ば夫はこの格闘に疲れている様子だった。 

「俺はな、間に合うようにしてえだ!」 

義父はそう言うと、目線を下に落とし涙を堪えるように体を固くした。 

 

義父は寂しくぽつりとつぶやいた。 

「俺はな、笑われたかねえだ、だで、しっかりしてえだ」 

 

 

さっきの剣幕は何だったのか、義父の心は折れたようである。 

 

――… 可哀想に。 

 

でも正月は1月1日と世の中で決まっているんだよね。 

 

その日、二人が居ない野菜のハウスの中で、夫が私に笑いながらささやいた。 

「昨日はお盆、今日は正月だ」 

「明日は何だろうね」 

私も笑って答えた。 

 

――…義父は正月とお盆に深い思い入れがあるようだ。