『トゥルーマン・ショー』とは?

Wikipediaから拝借。

実存主義、サーベイランスetc…難しそうな言葉が並んでるけど、「全部が創り物の世界」っていうメタ的な視点が評価されてるみたい。って解釈したよ。


メタ的な話は面白い

この映画を観て、まず最初に『恋愛フロップス』というアニメを思い出した。これは僕が高校を辞めて実家に籠って大学受験を目指していたころに放送されていたアニメで、ざっくり言うと「5人の美少女とのハーレム共同生活を送っていたけど、実は全部仮想空間の話で、現実の自分は不登校の男子高校生でした⭐︎」という話である。

この「心地よい世界が全部嘘だった」というのが判明した回が結構トラウマで、当時の自分は実質ニートのような状態だっただけに、かなりの衝撃(脳破壊)を受け、しばらく勉強が手につかなかった経験がある(※決してモテモテな主人公に自己投影してたわけではありませんが)。

この映画も似た感じでしょうか?
大人気リアリティドラマであるトゥルーマンショーの世界では、トゥルーマンショーに対して「外の世界が危ない❗️」という刷り込みが徹底的に行われています。


刷り込まれすぎて、地元最高!的な内容のプロパガンダドラマに対し本人もニンマリ😁


最後は、心地良い世界を抜け出してどこにいくんだ?みたいなのを、オトナ帝国の敵キャラみたいなプロデューサーが、作り物の世界から退出しようとするトゥルーマンに問いかけます。


トゥルーマンは外の世界につながるドアをパカっと開けて退出。この時のドアの向こうが真っ暗闇なのが印象的。ふつうは希望に満ちた感じで女優ライトばりの光に照らされているものでは?

何となく不穏な雰囲気を醸しながら終了し、エンドロールに突入。


とにかく、この映画に限らずメタ視点を取り入れた作品は、フィクションをフィクションであると捉え直すことのリアリティそのものが評価されているのではないでしょうか❓


最後の作り物の壁にあるドアから出ていくシーンで終わるのめっちゃ良かった。これで『トゥルーマン・ショー2』なんて続編が出てたらそりゃあもう興醒めだっただろう。


監視社会へのアンチテーゼ

wikiに「サーベイランス」とあるように、監視社会へのアンチテーゼが含まれているというのが考察として散見されました。

私生活全部エンタメ❗️的な番組は「大家族石田さんチ」とか「電波少年」とかあるけど、どっちも演者からの不満が凄まじかったみたい。石田さんチは特に子供の頃から密着とかされてるとコンセンサスなんて最初から無いようなもんだし。現場のディレクター的なポジションの人が家族のご機嫌を取って家族同然みたいなフリして撮影させてもらってたらしい。参与観察。

ハートフルコメディの退屈さ

『トゥルーマン・ショー』のコンセプトはハートフルコメディ。「人生山あり谷あり」とかじゃなくて、基本的にプロデューサーが創り上げた穏やかな日常が展開されるけど、そこにトゥルーマンは違和感を覚えます。


トゥルーマン・ショーの舞台は「シーヘブン島」という離島。で、エキストラの動きがずっとループしています。トゥルーマンが島を抜け出す違和感の一つがこのループ。完全に「サザエさん時空」です。


自分も僻地で特に変化の無い日常を過ごしてたらループしてくる感覚になってきていてたので、平凡な日常というのは基本的に飽きるんですよね。


そういうハートフルコメディへのアンチも含まれてるんじゃないでしょうか(?)


総評:画期的

ウィキさまのいうとおり示唆に富んだ映画でございました。画期的な映画。トゥルーマンの今後にご期待ください!(ジャンプ最終話)