父は、1年前の
連休の最中
家で、風邪を引いて
それが、原因で
亡くなりました。![]()
具合が悪くなる
前日には、地区の行事で
近所の方々と、お酒を飲んで ![]()
カラオケを歌っての ![]()
楽しい一日を
過ごしていました。 ![]()
その次の日から
吐き気がしていて
きっと、昨日食べた物が
当たったんだと
勝手に自分で
思っていたようです。 ![]()
実は、そのとき
風邪を引いていて
かなり、高い熱が
出ていたようです。 ![]()
体調が悪くなって
3日目に、私達は
様子がおかしいという
帰郷している息子からの
電話で、動き出しました。![]()
顔は青ざめ
ちょっと苦しそうな
父でしたが、痛みは
そんなに、感じないようで
私達、親子は2階にいる
父を動かし、病院へ連れて
行きました。 ![]()
診察された父は
40度の熱があり
肺炎になっているとの
診断でした。
”これは、大変なことになったね・・・”
と一言、父は私に
穏やかな口調で
そう言いました。 ![]()
もう、この病院では
見ることが出来ないので
救急の総合病院へ
救急車で、運ばれました。
その日は、私と母で父を見て
次の日、子供達は
福岡の従兄弟と一緒に
ヤフードームへ、ソフトバンク戦を
見に行くことになっていました。 ![]()
私達は、そんなに
父も、様態が
急に変わることも
ないと思ったので
みんなで、行くように
勧めました。![]()
せっかく、楽しみにしていた
野球の試合を
中止にしてまで
見舞いに来てもらっても
きっと、父は
喜ばないだろうと
思ったからです。 ![]()
母も
”見に行ってから
来て欲しい。”
と、言ってくれました。 ![]()
そして、試合が終わって
みんなを連れて行ってくれた
兄嫁さんと、孫5人で
父のお見舞いに来てくれました。 ![]()
父は、先生の説明では
”今日一日、点滴をして
明日、数値が下がらす
熱が下がらなければ
覚悟をしてもらった方が
いいかと思います。”
と言われていました。 ![]()
私は、とにかく
今は、父の側にいて
自分の、やれることを
精一杯やって、あげようと
心に誓っていました。![]()
(また明日・・・)