さて
4月12日に検査入院を控え

それまでは比較的穏やかに過ごしました

自分の病気について詳しく知る事ができ

手術の日が決まり
どのみち、手術をしなければ
一番恐れていることになるのだし
早ければ早いほうが予後がいいとのこと


もちろん不安はいっぱいあって
夜は決まって眠れなかったけど(笑)


本当に仲のいい友達には
話していました

私のかわりに泣いてくれた友達

すごく遠いのに御利益があるからって
石切神社まで行って御守りを買ってきてくれた友達

夜中寝れないことを知って
意味のわからない電話をかけてくる友達(笑)


すごくすごくすごく
勇気が沸きました

神様は人に
乗り越えらる試練しか与えないってゆうけど

乗り越えられない弱い奴でいいから
こんな病気になりたくなかったって思った


でも、こんな病気になって
運が悪いんだけど
人には恵まれてたんやなぁって

何気ない日常が有り難いものだと気付けて

以前の自分より
少し成長出来たのかも…って
そんな事を考えていました(笑)
さて、前回の病院にて
検査入院と入院の日が決まり
次の日には上司と今後について
相談しました


肋間神経痛から始まり
全ての経緯を上司や同僚には話していたので

『病院で入院が決まったら仕事の事は考えず、最短で手術をしてもらいな』と

有り難いお言葉を頂いてたので
そうさせて頂きました


検査入院は3日間の予定で
手術まで2週間くらい開くので
迷いました…

最初、バカな私は
入院保険など入っていなかったので
なるべくギリギリまで働くつもりでいたのですが
この頃には発見時には無かった左足に痺れや
左胴体の疼痛などが現れていました


N先生からは
『手術までは仕事はしてもいいよ
大丈夫やと思うけどこの腫瘍が破裂したらヤバいから
少しでも歩きにくいとか違和感感じたらすぐ病院来てね』と言われてました


出来なくはない…
でも不安要素も多い

葛藤がありましたが
そんな時に上司からの一言であっさり決まりました


『悩むのも分かるし、自分やっても迷惑かけたくないってアンの様に思うけど
手術に向けて体調もメンタルも調えるとゆう意味で4月から休んだら?』

この時すでに3月末…

お言葉に甘えて
4月7日からお休み頂きました


ギリギリの人員で回してるところ
本当に迷惑かけたと思います


それなのに励ましてくれるみんなには
パワーをもらいました
3月28日
S医大の脳神経外科にて
N教授に診察してもらう


この日ばかりは母親の他に
離れて暮らす姉や父親と揃って行きました


前回、地元の病院でかなり厳しい事を言われてたので

ドキドキしてました

いざN先生に会うと
こちらの緊張を気遣ってか
天然なのか…いや天然ですね

ちょいちょい笑かしてくれました

画像を見てすぐに
『髄内腫瘍の血管芽腫だねぇ』

あぁ…やっぱり髄内なのか…

『血管芽腫』ここで初めて自分の脊髄に出来てるものが分かりました

『ほぼ血管芽腫に間違いないけど…これは良性のものだからね(^-^)

出来てる場所も硬膜に沿って出来てるし水も貯まってるから剥離しやすいよ

ちょちょ~いとピッて取ったらいいよ~』

あまりにも簡単そうにさらっと言うもんやから

家族みんなで(゜□゜)ポカーン

『簡単に取れるんですか?後遺症とか…歩けなくなる可能性が高いって…』て聞くと

『まぁ、簡単な手術ではないけど(笑)
後遺症?歩けなくなるほどではないと思うよ

ただこの手術は進行を食い止めるものであって今の症状が完璧無くなるとかではないんだよ』

前回の病院とかなり違う話だったので
びっくりして家族みんな変な顔してたんやろうな…

N先生はかなり不思議そうに見てました

『手術は先生が執刀してくれるんですか?』

『もちろん。大事なとこは僕がするよ~!信用問題にかかわるからね~(笑)』

そんな話をしながら
検査入院と手術日を決めてきました

手術まで少し空くので
その間に先に検査を済ませておく事になりました


最悪な状況を想定してただけに
この診察でずいぶん救われた気になりました

もちろん、難しい手術をしなければならないこと

髄内腫瘍だと言うことに変わりはないのだけど

悪性ではない

後遺症も歩けなくなるほどではない

それだけで
十分でした。

この日まで
今まで普通に歩いて普通に仕事して
普通に友達と遊んで

そんな当たり前のことが
当たり前ではなくて有り難いことやと
本気で思いました


病気になって初めて気づく…って
よく聞くし正直なところ
病気にならなくても有り難いことやと
分かってるつもりでした

でも、それはあくまで『つもり』

口で有り難いことやなぁって言葉が出るだけで

本心では分かってなかったなと思います