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昨日はオンライン瞑想会でした!

たくさんの方がご参加くださいました。

 

新月のメッセージ、受け取れたかな??

初めての方も多く、新鮮でしたよー

 

 

 

 

 

親子家族セラピスト&コーチの

たかもりくみこです

 

 

魂とお話ししながら

幸せな親子・家族の「つながり」と、

幸せに「自分を生きる」

お手伝いをして15年になります。

 

 

これまでお手伝いしてきた方々は、

セッション、セミナー、講演会、お茶会、瞑想会他、

6000人超。(魂とお話ししたのは5000人超)

 

 

ご職業も、主婦〜コーチ、カウンセラー、ヒーラーの方々、

セラピストさん、起業家さん、歯医者さん、お医者さま、

女優さん、モデルさん、アーティスト、作家さんまでさまざま。

 

最年少は、小学校4年生の女の子。

18才の男子大学生も。

 

 

その他、趣味の活動や、学校、PTA、幼稚園運営など

プライベートで出会った親子家族もざっと数百人。

 

 

親子家族の姿、その人の背景にいるご家族、

大人や子どもをずーっと見つめてきました。

 

 

 

そう、物心ついた時から。

 

 

しょっちゅう高熱ばかり出していた子ども時代。

 

 

2歳の頃から、熱ばかり。

しかも38度、39度の高熱。

 

 

小さな子どもの高熱は、

親にとって、本当に恐怖になる。

 

 

 

当時は車もないので、

母が背負って、お医者さんに。

夜も、タクシーで

駆け込んだりしたこともあったように思う。

 

 

当時の初任給が、4万円くらいの頃、

(厚生労働省の年次統計推移より)

私にかかる医療費が月5000円もかかっていた、

と、よく言われたものでした。

 

 

今で言うと、25000円くらいかな?びっくり

盛ったにしても、半分でも

そりゃ多すぎるよね。びっくり。

 

 

それくらい虚弱体質だったのだと思います。

 

 

しかも、エネルギーに弱い、から、

(当時はわからなかったけど)

さらに、弱くなっていく、みたいな。

 

 

しょっちゅう熱を出すのは、

小学校3年生頃まで。

 

 

好き嫌いが多くて、(お肉が嫌い。お菓子とごはん大好き)

給食も時々居残り組。

 

 

今と違って笑い泣き食が細く、ひょろひょろでした〜

 

 

小学校1年生の時の欠席日数が33日!びっくり

(当時の通知表で発見!)

母も私も大変な時期が、続きました。

 

 

思えば、それだけで、母のエネルギーも

使い果たしていたのでしょうね。

 

 

父は、まさに高度経済成長期の

仕事三昧のサラリーマン!

 

私の健康をケアすることは、

母が全て担っていました。

 

 

 

当時はお薬たっぷりで、

それも嫌で仕方なかったけれどえーん

 

なんとしても

子どもの命と健康を守ろうとしてくれた、

母の想いは、改めてありがたく、

すごく温かい気持ちを感じていますラブ

 

 

私が、今あるのは、母のおかげ。

母に感謝しかありませんえーん🙏🙏🙏

 

 

そして、今、子どもの命や健康のために、

心を尽くしているママたち、

本当に偉大です!!

 

 

子どもの代弁者として、、、、伝えます。

 

 

「ママ、本当にありがとう。」

 

愛を込めて

LOVE❤️😘

 

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