姉妹なんて面倒なだけ。 | のんびりと・・・・・

のんびりと・・・・・

平凡のようで平凡でない。そんな私の歩く道。

しばらく、落ち着いていた自傷行為が復活したのは

先々週の事です。


金曜日の夜にODをしちゃいました。


原因は・・・・・・・


姉達との関係の事。


父が元気ならまだ考えもしなかったけど


姉が亡くなって、納骨も済んだ今


もう、争いはやめたいと思いました。


その原因が私にあると思うと


それは辛く、苦しくなるばかりでした。



そして、気づいたら薬を飲んでいました。


目が覚めた土曜日、


私は、すぐ上の姉に電話をして謝りました。


運悪く、義父様が危篤(今は元気です)の知らせが来た時で


長い話は出来なかったのですが


すぐ上の姉は


「わかったよ・・・・もういいから・・・・何も言わないでいたのはまた気にすると思っていたから」


そう言ってくれました。


あれだけ、暴れた私にかなりの敵意を思っているだろうと思ったいただけに


びっくりしたのが本音です。


そして3番目の姉の件も私が原因であると知らされました。


一切の連絡もなしに、葬儀も出ない・・・・・


私は、すぐに電話をして謝りましたが


忙しいからと、濁らされました・・・・・


彼は、仕事に行っていたのですが


母に電話をしていてくれ


甥っ子が、私と娘を迎えに来てくれました。


母には「もう、きにするんじゃない!!放っておきなさい!」と言われましたが・・・


そういうわけにもいかない私・・・・・


姉が縁を切りたいと思っているのは私なら


私が、家族から離れればいいわけで・・・・・・


でも、娘が慕っている以上


祖父母からは離れられません。


夕方、3番目の姉の自宅へ1人で行きました。


そして、会って謝ろうと・・・・・・


義兄は居たのに、部屋からは出てきませんでした。


そして姉から言われたこと・・・・・



”通夜の前夜の時、病気だからって何も出来ないじゃなくて、何か出来たことはあったのでは?”


”病気だとわかっていても、そういう態度や言動にカチンときた”


”あんたは1人、一度自宅へ帰ったけど、私は、皆帰っていいと言うくせに、帰ろうとすると


「なんだ!帰るのか!」と父から言われた”


”私は、葬儀にも出れないほど傷ついた”


そう言われました・・・・・・・・



確かに、何も出来なかったと皆に言ったのは反省しています。


でも、じゃあ本当に何もしなかったか?


いいえ。。


私は、私なりに出来ることをしていました。


甥っ子の通夜の準備の為、


制服のクリーニングや、靴やその他の買い物・・・・・・


洗濯物をコインランドリーに行ってしたので、その間は確かに家に居ました


そして、義兄のブログに亡くなった姉の事など、お礼のコメントをしたり・・・・・


でも、それは周りから見たらしてないうちかもしれません・・・・・・


しかし、私はひたすら謝りました。



すると・・・・・



「病気治す気あんの?」


と言われ・・・・・・


おまけに


「あんたは、身体が悪いとか、ガンというわけじゃないんだから


ちゃんと治しな!」


そういわれました・・・・・・・


姉は元々、きつい性格なので、そう聞こえただけで


心配してくれて言っていたのかもしれません。


でも・・・・・・・



かなりの、ショックでした。



そして月曜日・・・・



本気で死のうと思いました。



もう疲れたんです。



病気が治らない苛立ち・・・・・


絶対に言われたくない言葉・・・・・・


薬も無い、何もない私にどう死ねるのか・・・・・・



それは服毒自殺です・・・・・・・


私は服毒自殺をはかりました・・・・・・・


何かは言いませんが・・・・・



そして救急車でそのまま入院。




でも、意識がもうろうとする中


私は彼に


「死にたくない」


そう言ったそうです。


本当は生きたかったんです。



まだ、幼い娘をおいて死ねない・・・・・・・


亡くなった姉との約束も守れない・・・・・・・



私は祖父の写真を見つめ


「おじいちゃん・・・・・・迎えにきて・・・・・」


そう願っていました・・・・・


でも、祖父は迎えにはきませんでした・・・・・



私に


”生きろ!!”


そう言ったんです。



だから、私は生きているんです。



一日入院の後も自傷行為は止めれず毎日。




おまけに不眠の毎日が続いています。


また入院の話も出ましたが


私は断りました。



ここは、1人で乗り越えていかなければ・・・・・・


そう思い今日も、耐えています。