人生はドキュメンタリー

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実家の洗濯をしていると、どうも枚数がおかしい。

 

父親の下着が足りない。足りなすぎる。

 

 

多いことも、ままあって、それはそれで心配になるけど。

あまりに少ないと、もっと心配になる。

 

 

「パンツ、一枚しか出てなかったよ」と、父親に言う。

 

こういうことは、ちゃんと言っておいたほうがいい。

もしかしてルーティンから「下着を変える」ことが、外れてしまっているかもしれない。

 

 

昨日と今日は、微妙に変わっていく。

 

だから、ちょっと注意をすることで、また元に戻ることもあるに違いない。

 

 

案の定。

父親はひどく驚いて、そんなことあるかなあ、びっくりしたなあと驚いている。

自分自身に驚いている。

 

 

夏だからね、パンツにドクダミはえちゃうとヤバいよ。

そういって、みんなで笑う。

 

父親も複雑そうに笑う。

 

 

 

人の老いる姿を、身をもって見せてくれるのが親だと、よく言われる。

本当にその通りだ。

 

父と母と。

二種類の「老い」の形を、ずっと見ている。

ドキュメンタリーを見ているようだ。

 

人生はドキュメンタリー。

 

 

 

昨日、また一つ思った。

 

「老い」という道を、人は一人一人で歩くように生きてるんだなあ。

日々、変わっていく自分と出会い、驚き、歩く。

 

それは、まったくその人一人一人のことだ。

 

他の誰とも違う、一人一人の道。

 

ひとくくりにできない「老い」の形。

 

 

 

それを見ている私だって、きっと二人とは違う「老い」と出会っていくんだろう。

 

 

やっぱり、人生はドキュメンタリー。

主人公は、自分。

こわいような、かなしいような、さみしいような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火にガソリン

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いやはや。

もう大変なことになっている。

 

日大アメフト事件。

 

日本中、日大を弁護する人など誰もいない。(ように見える)

 

 

今朝など、いつも通り、モーニングショーを見ていたら。

コメンテーターのカズシゲ氏の憤りがすごい。(ように見える)

 

こんなめちゃくちゃな話、聞いたことないと、日大側のインタビューに怒っている。(ように見える)

めちゃくちゃは、カズシゲ氏まったく負けてないと、ひそかに思う。

 

「火に油を注いで」という隣のコメンテーターの発言に「ガソリン」とささやき訂正したのを、私は聞き逃さなかった。

こんなこと言えるのは、カズシゲ氏だけだ。

 

 

 

いやはや、もう面白すぎて困る。

 

 

日大アメフト部へのバッシングは、日大自体、いや、日体大やら、ラグビー部やらへと、ぜんぜんカンケーないとこまで飛んでってるらしい。

 

 

バッシング好きな人には、格好の材料なのだ。

 

もうなんでもかんでも抗議したい。という人が世の中にはゴマンといる。

 

 

今回のように、わかりやすい事件だと、「正義」は荒れ狂う。

荒れ狂って、「正義」ってやつは、もう何がなんだかわからなくなる。

 

 

この事件と似たような「理不尽」は、もっともっと大きな場所にもある。

私たちの生活にかかわる場所にも、ある。

 

 

ウソばっかりついて。という憤りは、もっと違う場所にも向かっていい。

 

 

でも、テレビから一日中流れるのは、日大のことばかりだ。

 

 

こんなに「わかりやすくて」いいのかと不安になる。

 

同じ方向以外、認めない「空気」に不安になる。

 

 

 

それにしても。

監督、私より一つ年下だった。

 

「老人」と言った人もいた。

 

そうか「老人」か。

どおりで、私も背中が痛むはずだ。

 

ああ、無情無常。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

度の合ったメガネみたいな

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私が茨城に縁があるということから、ずっとコンサートをさせていただいている常陽銀行の芸文センターさん。

 

二年ほど前には、それこそ両親の生まれ故郷水戸での三日間のコンサート。

 

母親の実家の酒屋も近くで、生まれただけだとはいえ、こういうご縁が続いたことがありがたい。

 

 

 

昨日は、つくばのノアホール。

 

主催者はそれぞれ違っていたけど、ここにはもう4回ほどうかがった。

 

雨か猛暑か、そんな二者択一みたいな日ばかりで、昨日は雨。

 

 

 

テレビでちょこっと見たことはあるけど、どんな歌唄うんだろう。

そんなお客さまも多いはず。

 

 

歌は自己表現ではあるけど、やはりサービス業だと思う。

芸術にもなるけど、芸能。

いや、ただの「芸」。

 

 

そこらあたりの心構えを、しっかり持たないといかん。

これは、だんだんに学んできたことだ。

 

 

 

自分が唄いたいものと、お客さまが聴きたいであろうもの。

二つの距離を、うまく調整して。

それこそ付け心地のよいメガネみたいに度を合わせる。

 

これは本当にむずかしい。

 

きっと一生むずかしい。

 

 

一生勉強ってことだな。

 

私の一生くらいでは、足りないくらいだな。

 

 

 

そんなこと思いながら、両足にサロンパス貼って寝た。

カラダの各部品は、やっぱり古くなってきてる。

 

がんばれ、がんばれ。

われとわが身を励ます日々。