計7曲のオケ録りをする。
今回も編曲は大貫さん。
安心している。

ピアノ、ベース、ドラムパーカッション、シンセサイザー、ギターで大きな骨を組み立て、最後に弦楽器の方々を迎える。
8人で3曲から4人になって1曲。
途中昼食休憩があったものの、10時間以上経っている。

馴染みの曲もあれば、初めてのものも。
その中には、作られたかたとのご縁としか言い表せない歌もあり、そのかたの生前の姿を思い出しながら、そして、そういえば、そのお顔も今ではちゃんと思い出せないことに気づく。
これが20年の遥かさなのだと知る。

仮歌、つまりとりあえず混じって歌ってみるという形をとるが、時々はそのままでオッケーにすることもある。
何回も何回もこうじゃないああじゃないと、歌録りを重ねた日々もあったが、突き詰めてうまく行ったことはほとんど、ない。
どこかで「諦める」ことを、学んだ日々のような気もする。

これは全てにいえるような気もしていて、努力に努力を重ねたからとか、これだけ頑張ったからとか、それが何の意味も持たないことはあるのだった。
徒労、と言ってしまえばガックリとするが、小さい狭い穴を見続けていては次へ進めない。
見切ること、諦めることは、決して後退ではない。
判断を他者に委ねる緩さが、後から見て正解のことも多い。

特に、カラダのエネルギーがどうにも少なくなってしまったような現実では、それこそ「折り合い」に救われる。
これからは、シャカリキは無理だなあと思う。
どこかチカラが抜けたような中からでも、今の歌は生まれる。
それでいい、それがきっと今のベスト。

で、明日、歌入れ作業があるのだけれど、その前に、今日は久しぶりにラジオ深夜便。
11時台から2時間ほど出演する予定です。
楽しみにまいります。
よろしければお聴きください。
気持ちの浮き沈みが激しいのは、きっと季節のせいでもあるのだろう。
草枯れどき、草ほきどきは、人の心を揺らすらしい。
命の交替の季節だからかもしれない。

思えば、長い間3月が苦手だった。
花粉やらホコリやらで、呼吸器をやられることが多く、それに加え、大震災の後からは、心も不調に陥った。
今、その時のことを思い出しながら、そしてふと今の自分を重ねて、まあ、とにかく時が過ぎるのを待とうと、自分に言い聞かせている。

今日からレコーディング。
今日はオケ録り。
どんな具合に出来上がっていくだろう。
けっこう長い時間なので、ゆったりと、でも集中力を切らさぬよう。

だてに古希を超えたのではない。
今年はもう72歳になるのだ。
歳女なのだ。
年の功というか、年の知恵というか、そんなもの総出でがんばろう。

と、カツを入れている私です。
よっしゃっ。
朝ドラでは主人公の夫との別れ。
二つの死を見てきた身には、こうした静かな死がメルヘンのようで、それでも、主人公と同じにぼとぼと涙が落ちる。

大阪での「あの素晴らしい歌をもう一度コンサート」は、盛況裡に終わった。
今回はベイビーブーさんがご一緒で、「世情」にコーラスをつけてくださった。
「世情」では、東京公演に続き、レインボーエンジェルという十人余りの女性たちも参加してくださった。
「シュプレヒコールの波通り過ぎていく」からの繰り返しが多くの声で重なっていくのは壮観で、今の世の中、これまでの世の中、時代時代をそれぞれ生きた人たちの想いが、胸を突く。

今回も中心に北山修さんがいらして、オープニングの「花嫁」、最後の「あの素晴らしい愛をもう一度」、その前の「戦争を知らない子供たち」と、珠玉の作品たちをみんなで歌う。
北山さんの詞は、作詞家的なものとは違い、ご本人の思いや熱さがストレートにそのままそこにある。
何の策略もなく、思ったままのことが、その時代を閉じ込めるようにそこにある。
失った愛を、素晴らしい愛と表現できる率直さと熱さに、今回もまた歌いながら涙した。

(ただ、この頃のフォークソングは、どれもみなキーが高い。
裏声で歌いながら、うまく馴染めなかった高校生の自分と出会っているような気持ちがする)



5月30日には、ベイビーブーさんとのコンサートが府中である。
楽しみでならない。
どんどん進化している彼らのハーモニーで、どんな歌を歌えるのか、ワクワクする。

今年はレコーディングでもご一緒する曲もあり、ジョイント初年になりそうだ。
どんな時代が来ても、たとえ電気が止められても、人の声だけで成立できるという、そんな誇り高ささえ感じるジョイントだ。

あ、その前に来月4日のタブレット純さんとのコンサート、12日の芦屋での松本隆さんとのコンサート。
どれも、お尻の火がついたような近さ。
しっかりしなきゃ。