先日
鯖江市でのロケーション

福井には母の足跡が。

30年はたつでしょう

私が芸能界入りして東京に下宿している頃、
実家に一人の少年を連れたお母さんが
訪ねてきた。


福井から埼玉の実家にくるまでの
親子の事情を聞いた母は
2人を抱きしめ
1週間ほど私が使っていた部屋に泊まってもらったそうで。

少年は
私が苦しんでいるという幻聴が聞こえて
私に会いにいきたいと。

会いに行きたい衝動がとめられない少年を
お母さんは
軽トラックに炬燵を積み
1週間ほど車を走りつづけ
埼玉の実家をさがしあてたそうだ。

途中、銀座で職務質問をうけ
荷台に乗せた炬燵をみた警官はびっくり、

炬燵を何につかうのかとお母さんに質問すると
『一服する場所』とお母さんは答えたそうです。

事情を聴いた警官は
気をつけてと親子を送り出したそうです。

そこから
母の少年に対する取り組みがはじまった。

母は死ぬ直前まで
毎月1回何十年も欠かさず
福井の少年の所に足を運んでいた。

膠原病と心臓病をかかえながらも。
通い続けた。

ホテルはもったいないと
福井での母の常宿は健康センターの仮眠室。

先日、鯖江ロケーションのあと
福井に入り
母の足跡をたどった






母の常宿だった
ゆ~遊







下足ロッカーは
126
い~風呂にしたよ😄




母が寝泊まりした仮眠室。





食事をしたであろう食堂





軽トラックの荷台に炬燵を積んで
1週間も走り続けたお母さん





お母さんの愛は
どこまでも深いね。

今もかわりなく
頑張り続いている


いつも笑顔で。







母亡き後も
家族として
少年ファミリーとお付き合いさせていただいています。

母と一緒に福井にお邪魔したときは
いつも別な所に泊まっていたので

今回はぜひ
母の足跡をたどりたかった。

母が亡くなってから
16年。

母が私に残してくれた最後の言葉


『他がために』


母に感謝です。