昌磨の過去のスマブラ配信の話。
対戦前か、対戦の合間か忘れたけど、ひたすら技を繰り返し練習する昌磨を見た。それはもう無限に続くんじゃないかと思うくらいの同じ技の繰り返し。
黙々と反復練習。
単純にその技の習得を目指したのか、試合の中で納得する形でその技を決めることを目指したのか、その先にある勝利を目指したのか…それはわからない。
この人、スケートもこんな感じなのかなと、ふと思った瞬間だった。
技の習得も、本番での成功も、勝利も、ひっくるめてスマブラだろうし、ひっくるめてフィギュアスケートなんだろうな。
昨日、去年のNHK杯を観た。
そこには笑顔のない昌磨がいた。
顔には表してなかったけど、苦しそうだと思った。
辛かったろう。
「GО!GO!GO!GO!」
「Fight!Fight!Fight!」
「Wake Up!Please!」
フリーの前、ステファンが懸命に昌磨に火を灯そうとしていた。両手を昌磨の頬に当てる仕草をして「ビィィィン!」とか言っちゃったり、パン!っておしりを軽く叩いたりして。
そういえばいつだったか、本当にリンクサイドでステファンが昌磨の両頬をパチってやって、昌磨がビックリしたまま出てった試合があったな。笑ってたけどね。
ジャンプと表現の両立。そのための葛藤はきっと、ずっと前から少なからずあったんだろうな。
去年のNHK杯はその葛藤が噴出したんだろうか。
優勝インタビューで昌磨はこう言ったんだ。
「次はこんなことのないように…自分の満足のいく演技のハードルを上げすぎないようにしたい」って。
思うに、昌磨は勝ち方にもこだわりたかったんじゃないかな。ちょっと空覚えなんだけど、スマブラでの昌磨の戦い方が美しいだか、綺麗だか…みたいなこと、どなたか言ってなかったっけか。
ゆづくんやネイサンがいた頃は、ジャンプの成長を楽しんでいたように思えた。追いかけて、越えようとして。
昨日の報ステで言ってた「越えられなかったですけどね(壁)」って言葉。笑いながらね。
越えようとして頑張ってきたのに、「越えられない(本人曰く…ね)」うちにいなくなっちゃって、何とも中途半端な気持ちで、寂しさとか虚しさとかだけが残って、2度も世界一になったけど、「やりきった」と思えるような達成感はもてなかったんじゃないのかな。
元々もっていたこだわりも加わって。
周りの人が喜んでくれるから本人も嬉しく思えたのだろうけど、ぽっかり空いた心の中の穴は埋まらなかったのでは…なんてね、想像の域を出ないんだけど、何となくそんなことを考えてみたよ。
優真くんの存在が昌磨の心に再び火を着けた。
探究者として出発した旅だったけど、究めるためにも欠かせない炎をまた手に入れたんだね。
探究者であり、勝負師であり、表現者であり、そしてやっぱり戦士でもある昌磨。
誰にも負けないフィギュアスケートへの熱量を以て、炎が燃え盛ることを期待しちゃうよ。
今日の日めくりカレンダーにはステファンの言葉。
「彼の火の玉が自ら勢いを増すよう、チャレンジしていくことが大切」
うん。ありがとう。ステファン。
その時その時の昌磨の状態に応じて、チャレンジャーでいられるように導いてくれた。ほんものの指導者だな。
昌磨自身が感動できるほどの演技に、火の玉BOYの炎❤🔥が要らない訳ないじゃんね!