ゆちゅのブログに目を止めて頂き
ありがとうございます
今回のブログは
東日本大震災
当時の話です
軽い感じでショックが無いように
書こうと頑張りましたが
私自身、4ヶ月の息子をかかえて
思いっきり被災した当事者な為
どうしても、
鮮明にその時を思い出させる描写に
なってしまいます
申し訳ありません
震災のショックから抜け出せない方
フラッシュバックが起こる方
震災の事を思い出したくない方
ご本人の判断で
閉じて頂けますようお願いします
ゆちゅ
↓↓↓前の話です↓↓↓
実家に帰ると
父がすぐに玄関先まで出てきて
どうだった?
と聞いてきた
私は
凄く大きな団地になっていて活気があって良かった
集会所があって、
住民が集まれる場所になっているようだった
仮設住宅は、プレハブの平屋の長屋
隣の家のテレビの音さえ聞こえる感じだが
家電が揃っていて、エアコンもある
玄関もサッシも使ってはいないが鍵が付いている
最低限の断熱仕様にはなっているようだった
団地を歩いていたら見た事がある人が数人居た
義母と同じ部落の人だと思う
義母は、部屋に居なかったが
持病の薬は飲んだ形跡があり、
炊飯器も使っているようなので
何かしら食べれているようだった
ボランティアさんの出入りが活発で
色々な物資が届いている様だった
一人暮らしで、万一の事があっても
誰にも見付けられず……
と言うことは無いと思う
と報告した
父は、
あー……じゃぁ、仮設に行った方が
ばぁさんにとっては良かったのかもな
と言った
私も同意見だった
冷蔵庫に、持っていった料理を入れてきた事は
ばぁさん、気付かねぇんじゃないか?
誰が持ってきたら分からなくても
あのばぁさんなら食べそうだよなwww
なんの迷いも無く食べるよwww
と二人で爆笑した
仮設住宅に着くまでは
義母に会ってしまったら仕方ない……
くらいの気持ちだったのに
義母の部屋を見つけた時の動揺……
義母には会いたくないんだ
心が拒絶しているんだ
とあらためて感じた
元気で楽しく暮らせているなら
もう、気になる事は何も無い
やっと心がスッキリした気がした
残るは夫だ……
セコイこと考えないで
自分の言ったこと、やった事、逃げた事
全てに謝ってもらえれば
私だって、こんなに嫌な思いを引きずらなかった
ウヤムヤにして、
何とか謝らずに無かった事にしたい!
と言うのが1番気に食わない
父にも、この話はした
父も、
そうだな
いい加減、自分のやっている事を
自覚してもらわないとな
ゆちゅは、戻る気あるのか?
まぁ、〇〇(夫)次第だろうが
お前にとっても、〇〇(息子)にとっても
父親は居た方が良いだろうからな……
私は、
世の中には居ない方が良い父親も居るよね?
と言うと笑って
俺も、そう言われてた事あるんじゃないのか?www
なんて言ってた
確かに、長く一緒に居れば
多かれ少なかれトラブルはある
そんなの、どこも一緒だ
実の親子でも合わなくて別々に暮らすこともある
私達夫婦は、元々他人だ
揉めて当たり前なのだ
まぁ、ぶつかるだけぶつかって
ダメなら私も諦め着くからさ……
と言うのが精一杯だった
ただ、普通に仲良く暮らすのが
こんなに難しいと思わなかったよ
私がポツっと言った言葉に
父は、また
そうだな……とポツリと返した
