例によって本の断捨離をしています。
今回はこの本です。
加藤諦三/羽仁進ほか「青春と孤独 真実を求めて」(大和出版、1976.07)

だいぶ昔に購入した書籍です。
どこで、どういう風ないきさつで買ったかは失念しました。
第8刷の発行が1977.12 とカバーに印刷されていますので、昭和52年暮れ以降に買ったのは確かなようです。
おそらく創価学会学生部の活動についていけず、学会組織に疑問を持ったころ、孤独を感じて、書店で書名にひかれて買ったのではないかと思います。
今でも影響を受けている個所を中心にかいつまんで紹介します。
「青春と孤独 真実を求めて」 目次
■考える精神について 加藤諦三
□空しさを救う哲学
□何によって存在するのか__人間の行為
□“なすべきこと”の発掘
■生命の歓喜について
□若者をふるいたたせる使命
□“ひとりからの出発” 羽仁 進
□青春へのアドバイス 河盛好蔵・串田孫一・田中澄江
□若い人のための「幸福論」 アラン・小海永二訳
□青春の名言 寺山修司
考える精神について
加藤諦三
生命の歓喜について
埋もれた意欲を掘り出そう
やる気になっていない時は、良いにつけ、悪いにつけどんな言葉もそれほど他人に影響はない。しかし、やる気になっている時は、その影響は大きい。
小さな子供が他人の言葉に大きな影響を受けるのは、独立していない弱さや、わがままからであるが、また小さな子供はやる気をもっているからでもあるのだ。大人が影響を受けないのは、独立している強さのためでなく、やる気を失っているためであることが多いはずだ。
小さな子供が母親にダメにされることが多いように、夫も妻によってダメにされることが多い。外でほめられて、得意になってモリモリとファイトを燃やして家に帰る。そしてそれを話す。すると、妻が「そんなのお世辞よ」という。その一言でもって、今まで胸のなかに燃えていた火がサーッと消えていく。男なんてのは子供と同じに単純なのだ。そんなことが二度三度とある。するともう家ではそのことを話さない。胸に燃えている火によって充実し、幸せなのに妻に不幸にされるのがこわいからだ。
かくて離れていく夫妻もある。
僕の知っている人も、奥さんのそうした言葉に傷ついて、奥さんを東京においてとうとう北海道まで逃げていってしまった。その奥さんはよく夫のたわいのない自慢話しを「ホント?」といっていた。やがて、外に女ができた。
今、僕はその奥さんのことをいっているので、その男が弱いとか、無責任だとかいうことを見のがしているわけではない。奥さんのたびかさなるそうした言葉によって男は外に女をつくったり、あるいはもう火が燃えなくなってしまって、バーにくすぶったりしている。それが現代の男達だ。
この間ある結婚式の帰り、皆で新宿で飲んでいてその話しがでた。
そこにいた男全部が、仕事の面では、結婚は男にとってマイナスだ、といった。僕はそんな結婚はしない、といった。最低でもマイナスでなくてゼロにしたい、といったらゼロなどというのは最高だ、と皆にやられた。
結婚が仕事の面でマイナスなら、男にとって結婚は一体何の面でプラスになるのか。男から仕事をとったら一体何が残るのだ。
その結婚式から数日後ある評論家が一匹狼から放送局の制作部長になって、彼をはげます会というのがあった。そしたらそこで、彼が、今日あるのは奥さんのおかげだというよく聞く言葉を聞かされた。だが、そのよく聞く言葉を聞いて僕はほっとした。
女にとって必要なのは料理でも裁縫でもない。いわんやお花や、お茶などではない。そんなものはどっちだっていい。女は顔などどうだっていい、金だ家柄だなどというのはゴミ箱をひっくりかえして、ちらばった紙くずくらいの価値しかない。
大切なのは、これがなければ女でないというものは、男にやる気をなくさせない、ということだ。
だが、真に偉大な男とは、誰から何をいわれても、何をされても、決してやる気をなくさない、という男だ。
母親とか、妻とか、女の話しになってしまったが、僕がいいたいのは、多くの人間ははじめはやる気をもっていたのではなかろうか、ということなのだ。それを日々の生活の人間関係のなかで、なくしてしまったのだ。
人をふるいたたせるものは人だし、人を無気力にするのも人だ。
【解説】
小さな子供が母親にダメにされることが多いように、夫も妻によってダメにされることが多い。外でほめられて、得意になってモリモリとファイトを燃やして家に帰る。そしてそれを話す。すると、妻が「そんなのお世辞よ」という。その一言でもって、今まで胸のなかに燃えていた火がサーッと消えていく。男なんてのは子供と同じに単純なのだ。
ここもするどい指摘ですね。
獅子風蓮