というわけで、山本譲司さんのこの本を図書館で借りて読んでみました。
累犯障がい者のことを考える際には必読の本です。
一部、引用します。

山本譲司『獄窓記』(ポプラ社、2003.12)

 

 

そこは「塀の中の掃き溜め」と言われるところだった。汚物にまみれながら、獄窓から望む勇壮なる那須連山に、幾重にも思いを馳せる。事件への悔悟、残してきた家族への思慕、恩人への弔意、人生への懊悩。そして至ったある決意とは。国会で見えなかったこと。刑務所で見えたこと。秘書給与事件で実刑判決を受けた元衆議院議員が陥った永田町の甘い罠と獄中の真実を描く。

獄窓記
□序 章 
■第1章 秘書給与詐取事件
 □政治を志した生い立ち
 □菅直人代議士の秘書、そして国政の場へ
 □事件の発端
 □東京地検特捜部からの呼び出し
 □政策秘書の名義借り
 ■逮捕
 □起訴
 □裁判
 □判決 弁護士との打ち合わせ
 □妻への告白
□第2章 新米受刑者として
□第3章 塀の中の掃き溜め
□第4章 出所までの日々
□終 章 


第1章 秘書給与詐取事件

逮捕


(つづきです)

午後1時に、新宿ワシントンホテルの前回と同じ部屋に行った。上衣も着けずに半袖シャツにノーネクタイという、ラフな服装だ。
最初の30分ぐらいは雑談だった。前回供述した内容をまとめた文章を見せられたりもしたが、この間のH検事は、頻繁に部屋の出入りを繰り返し、非常に落ち着かない様子だった。他の部屋に誰かが待機していて、そこに打ち合わせに行っているのだろう。私は、そう思いながら、H検事を観察していた。
何回目かの打ち合わせから戻ってきたH検事は、突然、慌てた素振りを見せた。
「大変です。マスコミがここを嗅ぎつけたようです。ここに押しかけてくるかもしれません。すぐ、場所を移りましょう」
少しオーバーな言い方で不自然さも感じたが、私は、言われるまま、H検事のあとに従った。私の背後には、屈強な体格の男が付いてくる。
ホテルの裏口を出ると、すでにワゴン車が用意されており、ドライバーもスタンバイしていた。私が後部座席に乗り込むと、すぐに車は出発した。私の右側にはH検事が、そして、左側には事務官が座っている。後部座席は、全面がアコーディオンカーテンに蔽われ、外の景色はまったく見えない。
「どこに行くんですか」
私の質問に、H検事は、前を向いたまま答える。
「場所は、確保しておきましたから」
その後、車の中は、沈黙が続いた。H検事は、車の走行中、何度もカーテンの隙間から外を覗いている。30分ほど走った後だった。
「そろそろ到着します」
H検事がそう言うと同時に、車は、地下に通じるような道を下っていく。カーテンの一部が開けられた。そこは、地下駐車場だった。ワゴン車は、建物への入り口に横付けされた。
「ここは、どこですか」
「実は、検察庁の中です。案外、こっちのほうが外よりは安全なんです。さあ、車から降りましょう」
そのままエレベーターに乗り、10階だったと思うが、取調室のようなところに連れていかれた。
「どうぞ、お掛けください」
H検事に促され、私は、椅子に腰掛けた。すると、すぐさま、H検事は、私の前に一枚の紙をひろげた。
「先ほど、逮捕状が出ました」
慮外の言葉に、私は、茫然となった。この場にいるのが自分ではないような、まるでドラマでも見ているような感じだった。
「所持品をあらためさせていただきます」
携帯電話や腕時計、財布に手帳に筆記用具、煙草とライター、それに、ズボンのベルトまで取り上げられる。依然、目の前で進行中の出来事が現実のものとは思えない。
「これから東京拘置所のほうに移動します。手錠は、お掛けいたしません。ただし、暴れられるようなことがあれば別ですが」
私の体は、先ほどのワゴン車に再び乗せられ、足立区の小菅にある東京拘置所へと向かった。
車に揺られているうち、徐々に、現実の事態を直視することができるようになってきた。しかし、そうなるにしたがって、私の胸中には、様々な憂患が押し寄せてくる。なかでも一番の気懸かりは、A秘書のことだ。私は、H検事に質問した。
「秘書のAは、いったいどうなったんですか」
「Aも逮捕しました」
そのひと言に、胸が詰まる。A秘書は、私の指示に従い、政策秘書の給与を管理していたに過ぎないのだ。
Aの親兄弟の顔が目に浮かんだ。両親からは、「山本さん、息子の指導をよろしくお願いします」と、いつも言われていた。本当に申し訳ないことをしてしまった。慙愧にたえない思いがする。「他に何か心配事はありますか」
逆に、H検事のほうが質問をしてきた。
私は、何も答えなかった。以後、弁護士と面会をするまでは、検事とは一切会話をすまいと心に決めたのだ。しかし、私の気持ちの中は、心配と不安に覆われていた。そんな中、H検事は、さらに言葉を続ける。
「そういえば、S秘書から聞きましたが、先生の奥さんは、妊娠をされているらしいですね。先生も心配ですよね。私たちも、なるべく奥さんには、精神的なショックをお与えしないように注意します。ですから、ご自宅の家宅捜索も、奥さんではなく、奥さんのお父さんとお母さんに立ち会ってもらっ ています。今後、奥さんの事情聴取などもしないつもりでいます」
私は、無言のまま、深く頭を下げた。
東京拘置所までの道は、かなり渋滞していた。一時間ほど走った後、ワゴン車は、東京拘置所の正門に到着した。
突如、カーテン越しに、凄まじい数の閃光がきらめいた。薄暗い車内が真昼のような明るさになる。瞬間、車外の様子がはっきりと見えた。カメラのフラッシュライトとともに、大勢の取材記者たちが待ち構えていたのだ。
テレビの画面で、過去に見た光景だった。政治家や著名人が逮捕をされるたびに、繰り返し流されていた映像だ。それを今、自分は、内側から見ている。あらためて、犯罪の当事者になったことを自覚した。
 


解説

山本譲司氏は、このようになかば騙されたかのように検察庁に連れてこられ、即逮捕されました。

それでも氏は、受け入れるしかありません。

 


獅子風蓮