20160311
あれから5年…
あの日は前日の夜中遊びに行き朝方、何人かを東大宮へ送りました。
東大宮へ送る途中、16号をまたぐオーバーパスから見た朝の雲がなんとも言えない特徴的な雲をしていたのを覚えてます。
帰って来て休みだった俺は昼間寝てましたが大きな揺れで目を覚ましました。
一応すぐ逃げられるように外に面した窓を開けしばらく様子を見てましたが微妙な余震がずっと続いてましたがまぁこれなら大丈夫だろうと窓を閉めどうせ駄目な時は何をやっても死ぬし生き残る奴は何をやられても生き残ると思いまた寝てしまいました。
テレビをつけて寝ていたのですが夢なのか、なんなのかわからない状態でなんだか凄いことになってると感じながらあまりにも凄いのでやはり夢の中の出来事と思っていたのですが眠りの浅い時にテレビの声でやはり夢ではなくテレビで状況を伝えてることなのだと目を覚まししっかりとテレビを見ると津波に流されていく建物、車、人の姿が映されてました。
夕方近所のスーパーに行くと大学生くらいの男の子が店員さんに駅までの道を聞いてました。
そのスーパーからはどこの駅に行くのも歩いたら1時間弱はかかります、こんな状況なんで近くの駅までなら送ってあげるよと声をかけて鶴ヶ島駅まで行こうと走りながら話を聞くと電車は止まってる、行き先は北坂戸って話だったのでだったらどっちの駅に行くのもかわらないから北坂戸まで行ってあげるよと北坂戸まで送り帰って来ました。
あの日公共交通機関はストップ、バス、タクシーがたまに来て乗れても道は大渋滞で目的地までどれくらいかかるかわからない、歩いて何時間もかけて帰る人もいれば家の人が迎えに行く、帰りを諦める人など大混乱でした。
翌日からはガソリンがなくてどこかのスタンドがガス給油出来るとなるとそこには長蛇の列ができました。
天邪鬼な俺は普通にガソリンが入れられるようになるまで車に乗らないと決め通勤の時駅まで歩いて25分、買い物も歩いて25分とにかく歩いてました。
今日久しぶりに駅まで歩いて来ました。
電車に乗り遅れそうになってしまいましたがあの日のことを思い出しました。
本日も14時出庫の翌朝9時帰庫ですがあの時間まで待って黙祷してから出庫したいと思います。