今日から日記を書いていきます。
今までの日記はあまり続かなかったけど
今回はきっと書けなくなるまで書き続けるでしょう。
私は熊野あやといいます。本名ではないのですが、熊のキャラクターが好きなのでそういう名前にします。
生まれつき耳が聞こえません。
お母さんとお父さんの声もテレビの音も風の音も皆さんが聞いている、当たり前のようにある音は聞こえたことがありません。
感音性難聴で補聴器をつけていないため、大きな音が耳に入ったとしても
それがどんな音なのかわからず、振動だけが伝わってきます。
25年間、ずっと音のない世界で生きてきました。
でも同じ仲間はたくさんいて、手話を使ってにぎやかに話したり、耳が聞こえていなければ出会うことはなかった出会いもたくさんあった。
耳が聞こえないことで辛いことがたくさんありました。
孤独を感じて嫌になった実家を出たこともあります。
でも、しあわせなこともあって
耳が聞こえなくても楽しく生きています。
小さい頃から絵を描くことが好きだった私はやっぱり耳が聞こえなくてもデザインの仕事をしたいと思い、仕事を辞めて今年の4月、県外の学校に行きました。
「耳が聞こえなくてもできることはたくさんある」
「ハンデがあっても関係ない」
そう思って、勉強を真面目にしてきました。
でも
それはすぐ夢を壊されてしまいました。
5月28日、「網膜色素変性症」という眼の難病と診断されてしまいました。
音だけじゃなくて、光までさえ奪われてしまうのか…
と絶望な気持ちになりました。
この日記を書く理由は、「網膜色素変性症」のことを知らない人が多く、根本的な治療法がない難病で、もっとたくさんの人に知ってもらって少しでも支援が多くなって同じ病気を持つ人がずっと待っている治療法が1日でも早く確立されるように、何か役に立てればと思い、日記を書くことにしました。
Twitterでもイラストで描いており、その内容は聴覚障がい者のことを発信しています。
まだ網膜色素変性症のことは知らせていませんが、そのうちには報告するつもりです。
長くなりましたが、次は網膜色素変性症についてお話したいと思います。