初めての大連旅行の初日は霧で視界も悪く肌寒い天気でした

翌日に観光した旅順も靄が掛かったようなあいにくの天気でした

しかし大連市内に戻り、そのまま開発区に直接向かい到着した頃から青空が見える天気となって開発区の観光?

開発区と言っても工業団地ではなく新都市です

 

 

碁盤の目のように整備された街並みでして、旧市内に該当する大連中心街にはLRT0鉄道が開通していました

 

 

そして終点は大連駅

 

この後、NMさんのリクエストで新しいお店に行き、お相手を見つけたいとの強すぎる願望

夕食を済ませて繁華街のある所に向かい、ショッピングセンター内にあるお店に入りました

 

そしてシロちゃんが支配人と交渉してOKとなってNMさんが指名した嬢は・・・

若い!

未成年では?と思いました

 

当のNMさんも大満足で熱唱していました

 

大連二日目は本格的な観光に出発です!

大連都内中心部にある満州国当時の歴史ある建物の見学より先に行きたかったのが日露戦争での激戦地であった旅順と二〇三高地

ここに向かうためには外国人の場合は当時、旅行会社の主催するツアーに参加する方法しかなかったのです

 

旅順の街そのものが軍港である関係上、外国人の立ち入り制限のある都市に指定されており、勝手に外国人が観光だと言って立ち入ることは禁止されており、現地旅行会社のツアーだけが唯一制限場所を通過しない前提で立ち入り許可されていると聞いていました

そこに向かう訳ですが、その移動手段はシロちゃんが手配してくれた商業バンです

そのバンに乗車して大連から旅順までの約50キロを走っていきます

 

最初到着したのは小高い丘の白玉山景区です

ここの展望台からは旅順港が一望できる絶景の観光地なんですが、反面、軍港である関係で外国人の立ち入りは厳禁されています

 

それを知っているので事前にシロちゃんからは絶対に日本語は使うな!と言われました

しかしこの日は多くの地元観光客が来て、一度話しかけられましたが何とかスルー

それを除けばここからの眺めは最高でした

旅順の街や旅順港がいかに日露戦争の際に軍港として重用されたのかが理解出来ました

 

 

次に向かった先は二〇三高地です

ここは外国人観光客の立ち入りは問題なく、この日も何組かの日本人観光客の姿が見えました

 

この入り口から小高い山頂までの移動が大変な場合は籠を利用して移動可能で、但し料金は100元と当時としてはびっくり価格

 

山頂の展望台に到着してみると、日露戦争当時の大砲が展示されていました?

 

そしてここからの旅順の街の景色はチョット・・・

 

帰りに見た203高地

 

帰路の途中に旅順の街中を通過し、その際に旅順駅前を通り抜けしましたが。写真はヤバくて撮れませんでした

こうして念願の旅順観光を堪能した大連二日目でした

 

 

 

 

 

2006年4月29日に大連周水子空港に花束を持ったシロちゃん出迎えを受け、その足でホテルにチェックインをして身軽になって早速観光の開始でした

当日の大連は霧と言うか靄と言うか視界が悪く日差しが無い状態でして大変肌寒い大連でした

 

シロちゃんの案内で最初に向かったのは労働公園でした

小高い山の上からの市内を一望しましたがぼやけてダメ

 

電波塔にも登りましたが何も見えず

 

仕方なく下りはリフトを利用しましたが途中寒くて堪えました

防寒着が必要でした

 

この後は日本人街、ロシア人街を回りましたが、日本人街は洋風の新築住宅の展示場のような建物ばかりで意味不明

ロシア人街の方はまだ楽しめました

 

ロシアの土産物が販売されています

 

次に大連駅が見える高架橋に行き、駅ホームを一枚パチリ

戦前はここから南満州鉄道がハルピンに向って伸びていたのかと鉄思いしました

 

大連駅にも行きました

まさに上野駅を彷彿させる駅舎です

 

観光を終えてホテルに戻り、夕食を済ませてからNMさんのお相手探しの開始

シロちゃんに紹介してもらうか、それとも以前勤めていた店に行くかの二択となり、NMさんは数多くの中から選びたいとの希望があり、店に行く事になりました

店に到着してママに挨拶

 

まだ時間が早いのかして女性陣が少ないです

 

そんな中でNMさんは日本語の出来る女性を指名しました

 

しかしこのお相手が最悪だったと嘆いていました

何が最悪たと言うと、安全帽のままでのフェラーリーだけでレースは終了

それで1000元?

しかも試合終了とともに退場されたとの事でツバメ姐さん以上の早帰り

 

それをM君にメッセンジャーで会話したところ彼は怒っていました!

Bさんも相場を揚げるがNMさんも同様・同罪

ゴム尺ならM君の近くのピンサロでもこの3分の一以下のチップで遊べると・・・

シロちゃんから誘われた大連旅行に行く事に決め準備を進めました

日程としてはアカシア祭りの5月下旬はどうしても無理なので勤めの関係でゴールデンウイークを利用しての訪問とし、日数としては大連のあとに青島に移動するために一週間と計画を立てました

 

日程としては2006年4月29日土曜日から5月5日金曜日迄の6泊7日とし、前半3泊は大連で後半3泊は青島と決めて予約関係を進めます

 

大連のホテルは老舗のホテルだと比較的日本語の話せるスタッフが居るとの事なので、市内中心部付近の老舗で、利用金が比較的安いホテルを捜し、大連心悦大酒店なるホテルを予約しました

 

一方、航空機に関しては往路が関空から大連で、復路は青島から関空となる関係上、日系航空ではANA一択でした

単なる往復航空券に該当しないので比較的利用金は高めとなりましたが仕方ありません

 

こうして準備が終わり、訪問日をメールにてシロちゃんに連絡しましたところ、返信が届き、当日大連周子空港に迎えに行きますとの事

 

比較的日本人客が多い大連では、空港到着に合わせてお出迎えの女性が花束を持って待っており、到着口から出てきた男性がおおよろこびをすると言った空港歓迎シーンが見受けられるので有名でした

その有名人の中にワタシも参加させられるのか・・・

 

そうして4月29日が遣って来てNMさんと二人で早起きをし、関空に向かい、ANAの大連行きに搭乗

畿内では早速機内食を頂きましたが、この頃の機内食は今から見ても豪華な内容です

 

大連迄の搭乗時間は青島と同じく約3時間で、中国時間の正午過ぎに到着して到着出口に出ると花束を持ったシロちゃんが笑顔でお出迎え

しかし花粉症のワタシはこの花束のお陰で治まりかけていたクシャミが連続再発

その様子を見ていたNMさんは白い歯を出して大笑い

 

こうして大連の旅は始まりました・・・

 

青島から帰って来てからはBさんに会う都度、以前のように中国遊びの熱量はほとんど感じられなくなり、たまに話題になるとは最初の頃の中国上海での思い出が中心になってしまっての昔ばなし状態です

また行こうよ!と誘っても全く興味を示さず、視線は遠くを見つめたままタバコを吸い続ける様子はまるで卒業生?

ほん最近まではあれほど暴れていたのに急激に老け込んだ老人の様な雰囲気です

兄が二人になった事が相当堪えたのかは測り兼ね、その事を何度もM君にも連絡しましたところ『今までの罰が当たったのだ!』から始まり、最後はいつも生遊びをするから悪い病気でも貰ったのでは・・・

との論評で、アニキが新たに出来て困るような悩むようなBさんでは無いはずなのにでした

 

その間に2006年3月頃でしたかシロちゃんから突然電話があり『大連にキマセンカ?』とのお誘いコール

前回の滞在中にシロちゃんの出身地である大連に一度行ってみたいと話をしましたところ、是非来てください!

青島は詳しくないけど大連はいろいろと案内が出来ます、と言われていました

特に大連に行くなら5月後半の季節が一番よい季節らしいですが、此方の休みの関係からすればゴールデンウイークしかなく迷っていました

 

そこに電話連絡が有ったので行動することにしました

大連は戦前の満州国関係でのつながりが深く、今でも当時の雰囲気を残した建物などが残っているとの事なので、一度は訪問して肉眼で見てみたい希望はありました

 

そこで準備を進めるにあたってBさんNMさんNさんの3名に声を掛けましたがいずれも都合が悪いとの事でご辞退

特にBさんは最初から強い辞退で取り付く暇もありません

後日NMさんから連絡が有って大連に是非行きたいので一緒に行こうとの事になっての二人旅が決定

 

続けて日程を考え最初は関空から直接大連に行き、滞在後にフェリーで渤海湾を横断して煙台に移動し、そこから青島を目指すことにしました

 

 

新たに兄が出来たBさんの落ち込みは帰国した後も続き、皆で集合する機会も不参加となりました

余程二人目の兄の出現が堪えたのでしょう?

ワタシ達の間ではそんなの気にする事ではないのでは?と思って酒の肴にしましたが、Bさんにとってはプライドが許さなかったのでしょうか・・・

そのあたりの事は当の本人しか判らないことなのでいまだに真相はBさんの頭の中です

 

そしてある意味Bさんをこんな状態に追い込んだ原因として一番悪いのはNMさんとの事に決まりました?

理由は簡単でして、2004年5月の青島訪問の際に濃厚な関係をしたにもかかわらず、生来のチェンジ好きが嵩じ、頻繁に新規開拓に邁進した結果、お相手の顔も忘れたのかして今回の惨劇を防止出来なかった張本人なんですから・・・

 

Bさんもある意味不幸な面もあります?

和歌山のNさんを兄と仰ぐ事になったのは2002年12月の青島訪問の際に、スッカリ嵌ったお相手に合わせての身勝手な行動を繰り返した結果、その期間中は別行動となった結果、Nさんが指名したお相手とは一度も顔を合わすことなく、その後に2003年5月に青島訪問した際に店に出ている限られた女性でしたので選ぶか否かの選択ししかなかった状況下での兄弟発生・・・

そして今回はシロちゃが連れてきた二人の中の一人ですから、これまた選択の余地は限定されます

 

そうなるとワタシにも原因があるのでは?と一時期Bさんに責められました

いずれの場合も参加して知っていたのはワタシでして、一言注意してくれれば?

しかしそんな身勝手な抗議には一切耳を貸せません

夜遊びは全て自己責任です!がワタシの基本的な考え

ましてやこのような状態になるとかえって面白くなります

 

M君には逐一夜遊び結果連絡をしております

場合によればPCを持参した時などはヤフーメッセンジャーを利用して実況知友系もして遊びました

ですからM君は全ての出来事を知っておりまして、その立場からワタシ同様にすべてが自己責任であるとBさんに言っていました

 

同時にこれまでの期間においての兄弟関係の整理として一番の長兄は誰だ?の話題となった際に

BさんにはNさんNMさんの二人の兄が居る

一方、NさんにはOさんと言う兄が居る

これ等の関係はどのように判断するか?と聞きましたら、やはり回答は一つでした

 

『人類は一家でみな兄弟』でした

 

 

 

2005年12月の青島訪問にてBさんは二人目の兄を持つ身になってしまいました

最初の兄は2003年5月の青島訪問の際に巡り合った奥森の女性でした

 

この女性は半年前の2002年12月の青島訪問の際にNさんが同じく奥森で指名した女性でした

 

この事を帰国してからBさんに説明しましたところ一時的にショック状態になっていたものの、後日正式に兄弟の契りを済ませて手打ちとなりました

 

その後のBさんは広くて人口の多い中国での遊びに於いて兄弟になることを恐れ、また兄と慕うNさんが我々のグループとは違うものの一時合同での2004年12月に青島訪問の際に行動した東京組のOさんが指名した奥森の女性と

 

半年経過した2005年8月にNさんが青島訪問の際に奥森で指名した女性が同一人物?

 

つまり知らない者同士なんですがOさんとNさんは兄弟の契り???

その話を帰国してBさんに話してあげましたところ大笑いして、自分も多少気持ちが楽になったと言っていました

それが今回の新たな兄弟の契りが再び発生?

しかも今回の大問題はその契りの相手が一緒に行っているNMさんでして、その相手の女性に気付かなかった?と言う異常接近ならぬ、ある意味故意ともとられかねない行動でした

 

その事を滞在中に言うべきか、それとも言わない方が・・・

でも帰国の際に空港内で説明してあげました

 

それを聞いたBさんの表情は急に険しくなりタバコを立て続けに吸いだし無言

一方の兄にあたるNMさんは笑顔で信じられないとの表情

そこでPCを取り出して二枚の画像を見せましたところ・・・

思い出したとの事でした

 

がっくりするBさんに対してNMさんは慰めのお言葉を掛けていました

その内容は『ワシの時は安全帽付けていた?』

それに対してワタシが一言 皮一枚で直兄弟ではないから心配ゴムよう?

これを聞いた三人は大笑い

しかしよく見るとBさんの目は疲れ切っていました

 

余程今回の件が堪えたのでしょう?

その後のBさんは二度と中国には行かなくなりました

2005年12月の青島がBさんにとっては最後の中国だったのでした

 

結局のところBさんが中国で得た者は二人の兄弟?

2005年12月の青島訪問で驚かされたNMさんのチェンジ願望?

毎晩のチェンジ要求に流石のワタシとBさんもあきれ果ててしまい、そのお世話をするシロちゃんに至っては愚痴まで吐かれてしまう有様でした

Bさんは特に『そこまでして新規が欲しいのか?』と比喩する場面もありましたが、NMさんは最後まで満足することが無かったとか?

つまり最後のお相手の方もあまり気に入らなかったらしいです

 

そしてBさんに関して初日にシロちゃんが連れてきたお相手の嬢、この方をどこかで見たような記憶があって滞在中に持参しているPCの過去のデーターを見ましたら見つけました

 

今回の画像は

 

見つけた画像は

 

そうなんです!一年半前の青島訪問の際に出会っていたのでした・・・

その時のお相手はと言うと

 

何とNMさんのお相手だったのでした

この画像をシロちゃんに見せると大笑い!

なんとBさんはNMさんと兄弟仁義の関係に成ってしまったのでした?

 

ワタシは気付きました

でもワタシ以上の関係を持ったNMさんが今回は一緒に来ていますし、シロちゃんが連れてきた際に面通しをしている訳ですから、本来はNMさんが気付いて選ぶものなのでしょうけど・・・

NMさんは全くこの嬢に気付くことなく、また滞在中Bさんは浮気をせずにこの嬢一本でのお付き合いでしたので、皆で食事に行ったりカラオケ遊びをしたりして長い時間を送ったことは間違いありません

その間、NMさんは一度も気付くことなく今回の青島旅行は終わりました

 

 

 

何が気に入らないのかNMさんの心境?

2005年12月の青島での初日のお相手を、どう言う理由でお気に召さなかったのかチェンジの希望をだして遣ってきた嬢は何とツバメ姐さんの親族?

知らないうちに帰ってしまったとか・・・

翌朝、その話をNMさんから聞いて背筋が凍り付くような寒さを感じ取ったものでした

 

NMさんは試合終了後は完全な休息タイムに突入し、明け方目覚めたら隣は誰も居なくてビックリ?

念のために貴重品を調べたところ問題なしで一安心したと言っていました

しかし余程深い眠りに入っていたか、それとも相手の嬢が忍び足の名人?

これが俗に言う『枕探し』だったら大変なことになっていました

 

そしてNMさんの希望はまたチェンジ希望です?

NMさんがシロちゃんに懇願していました

そしてシロちゃんは困惑した表情で一言『ムスメ・イナイ』

これを聞いたBさんとワタシは腹を抱えて大笑いです!

 

その夜、シロちゃんを含めて夕食をしていたところ一人のムスメが訪ねて来ました

それが新規のお相手さんでした

 

 

その後に全員でカラオケに行って歌合戦の開始です

三人目のお相手が決まったNMさんは大張り切りで熱唱

 

一方、Bさんの方は気性の荒いお相手の方が熱唱です

 

こうしてカラオケ大会が終了しホテルに戻ったところでNMさんはシロちゃんから手厳しい折檻を受けました

それはNMさんが嫌うゴム攻撃?

 

全員が腹を抱えてのお笑いした新春の夜でした

 

でもこの時のNMさんは本領発揮でした

何しろ毎晩チェンジでしたからね?

Bさんも感心していました

2005年12月の青島に行く際に同行のBさんNMさんの二人は、それまでのお気に入りだったお相手と絶交する意思で青島に来まし

Bさんの絶交原因は前にも書き込みしましたように、お相手のポンムスメの態度が最近変わって来て、ある意味怖くなってきたとの事?

一方、NMさんの場合はツバメ姐さんが好みらしいのですが、この姐さんはまともに朝まで居た事が無く、シンデレラの連続でのツバメ帰りをされてしまい独り寝は寂しいとの事でもう懲り懲りとの事?

 

そうして今回の青島でのお相手は日本語が出来るシロちゃんに頼み込んで初日のお相手を紹介してもらいました

お二人の感想はと申しますと

Bさんの意見としてはお相手は大変気難しい性格との事ですが、何やらBさんがバスタブに浸かっていると突然乱入して来て、バスタブ内で試合開始をされてしまった???こんな経験は初めて・・・

すっかり気に入ってしまったとの事です

 

NMさんの場合はお相手の方はまだ年齢的には若く、ぎこちない面はあるものの希望した通りのフルサービスとの事で、大好きなフェラリーから始まり安全無視の無棒での戦闘です!

しかもツバメ姐さんのように深夜の早引きもなく安心して過ごせた…けど?

 

けどなに?と質問しましたら

チェンジしたい!との希望です

シロちゃんにお願いしましたところ、やや困惑した表情で『探してみる』

 

そしてその夜、皆で部屋で待機していましたらお見えになりました

 

Bさんは勿論連続指名でした

 

その時の雰囲気をぶっちゃけて表現するとチェンジは完全なる失敗だったと私とBさんは判断しました

恐らくお願いしたNMさんも本心は同じ考えだったと思いますが、本人の口からは直接聞いていません?