熊取町介護者(家族)の会です

もう何年も前に仕事で出逢った
90代のHさん女性のお話
お家は3世代同居
自営業をされているお宅で
ご家族は日中仕事や学校
Hさん一人での留守番が心配とのことで
デイサービスに通い始めたのですが
ご本人は家の事が心配で心配で
体操をしていても
歌を歌っていても
食事をしていても
職員をつかまえては
「あのな、忙しいところ悪いんやけど…」
とすまなそうに声をかけて
家に帰りたいと訴えられていました
Hさんがいないとカラオケが
盛り上がらなくて困るよー
とか
もうすぐお食事ですよ一緒に食べましょう
とか
ちょうどお茶が入ったのでおやつ準備しますね
とか
今バスの運転手さんが準備しているところ
もう少し待ってね
とか
それでもご本人が納得するような
返答はなかなか出来なくて
繋ぎ繫ぎ時間まで
引き延ばすばかり
Hさんはいつも
ため息をついてこう言われていました
ここでおってもな
私なにもやることないやろ
家のもんは仕事で…
その間
洗濯物たたんだり
片付けしたり
ちょっとしたおかずも作れる
家におったら
なんぼでもすることあるやろ
ここにおっても…
なんもすることがない
家族は留守の間の火事や怪我が心配
ご本人は少しでも家族の役に立ちたい
と思っておられる
まだまだ介護の仕事経験が浅かった私
決まったスケジュール通り
時間内に仕事をこなすだけ
何度も何度も帰りたいと訴える
そんなHさんに困って
ここにとどまらせるような
そんな言葉だけを探して…
1年くらいして
Hさんは
あまり帰りたいと言われことがなくなり
静かに椅子に座っておられること
が多くなりました
職員に自分から
話しかけるようなことも
少なくなった
そんなある日
Hさんに何気なく声をかけました
すると突然私の手を取り
自分のお腹に当てると
小声で
でもとても嬉しそうに
こう言われました
あのな
ここにな
赤ちゃんがおるんよ
もうこんなに大きくなって
ほら今動いた!
いつも険しい顔で
ため息をついていたHさんが
柔らかい笑顔は
お母さんの顔で
本当に幸せそうに
大事そうに
大事そうに
お腹をさすって
私たちも
幸せをおすそ分けしてもらったような
そんな気持ちになりました
Hさんはその数ヶ月後に
お亡くなりになりました
胃癌だったとお聞きしました
もしかしたら
Hさんの体の中の
癌の痛みのような疼きが
昔に子供を宿した時の
幸せの疼きと交差し
彼女はタイムマシーンにのって
誰かのみんなの役に立っていたであろう
あのときに戻って
最後の最後人生の終盤に
ご褒美のような時間を
穏やかに
過ごされたのではないのかな
と思いました
私たちがついつい抗いたくなるような
老いること
体や時に記憶力の衰えは
ただ悪いことだけじゃない
もしかしたら
穏やかに人生の着地点に向かう過程
人間の自然な形
でもあるのではないでしょうか
認知症にならないようにしましょう
という空気が
あまり好きではないのは
そんなHさんとの思い出があるからです
暑さ落ち着き
朝晩少しひんやり感じる
今日このごろ
秋の夜長
あのときのHさんの幸せな顔を
思い出します
