チョーサー「カンタベリー物語 下」
最後は教区司祭の滅法宗教臭い話で終わってます。当時のカトリックの僧侶の堕落を批判しながらも、敬虔なキリスト教への信仰は個々に残ってるのですね。これでは宗教改革が起こるはずです。それにしてもカンタベリー大聖堂に着く前に終わってるなぁ

思慮の足りない多くの口数のために、多くの災いが生まれるのです。

おしゃべりは神様にとっては嫌悪すべきものです。

屋根の漏る家と小言を言う妻とは似たものである