大型事務センターでは、2年と少し働きました。
ですが働いてみて、毎月大量募集をしていて、毎月大量に人が入って来て、研修を受けている理由が分かりました。

仕事内容は、ひたすらパソコンに向かってコツコツと行う作業だから、合う人合わない人がいて、月1更新のため、合わない人は更新せずに短期間で辞めていくのです。また、時給も安いので、次が決まるまでの繋ぎの人も多かったと思います。仕事内容は慣れるまでややこしく、慣れてもややこしい部分あり、合う人は週5で長期で働き、リーダーにまでなっている人もいました。

Hちゃんは私より先に働いていて、仲の良い人達とお昼ご飯を食べていました。

私は研修初日、なんとなくグループになってお昼ご飯を食べている人がいる中、私は自分から声を掛けていく事ができず、1人で食べました。同じ研修メンバーも大量にいたので、同じく1人でお昼を食べているメンバーも何人もいて、1人でも気になりませんでした。

高層ビルの高層階にあるオフィスで、生まれてはじめてこんな高層階のオフィスで働けて、大都会の景色が一望出来て、ワクワクしていました。

私は同じチームのメンバーとは、仕事中話すこともたまにありましたが、昼休みも一緒に過ごす事はなく、連絡先も誰とも交換しませんでした。

派遣からパートにもなった、食品工場での人間関係が本当にトラウマでした。同じ部署のメンバーは人数多くなく、出勤時間同様休憩時間もライン毎に異なるので、同じラインだけで休憩に行くとなると、数人だけでした。他のラインと休憩時間が重なる事もあったりしましたが、パートになって人間関係で悩みだしてからは、1人でお昼を食べる日もありました。みんなそれぞれ仲良い人同士で一緒に食べている中、1人でポツンといる事が辛く感じてしまいました。

けれど大型事務センターで働き出してからは、休憩を1人で過ごす人も多数いて、私もようやく1人って気楽で最高と思えるようになりました。

それにHちゃんが出勤している日は、Hちゃんと一緒に帰れます。Hちゃんは仲の良い人達がいて、Hちゃんを通じて2人連絡先を交換する仲になった人がいました。NさんとOさんです。

一緒にご飯を食べに行ったり、Nさんとは旅行にも行く仲になりました。

時給は安くて、交通費は定期を毎月買っていたので定期代が高くついたし、お金はたいして貯まりませんでした。

それでも憧れだった事務職、素敵なオフィス、事務センターで働けた事、大都会にある為仕事終わりに遊ぶ所、ご飯を食べに行く場所が沢山あった事などから、毎日充実していました。毎朝満員電車に長時間乗るのは辛いですが、苦になりませんでした。

しかし大型事務センターでの仕事は2年と少しで終了しました。

入って1年目は大量募集で、毎月大量に新しい人が入って来ていたし、休みは土日祝、年末年始のみで、お盆休みはありませんでした。残業はありませんでしたが、それなりに忙しかったです。

2年目以降はもう大量募集はなくなりました。と同時にお盆休みが出来たり、年末年始のお休みも長くなり、明らかに忙しさが落ち着いてきたんだと感じました。

私が契約終了する数ヶ月前から、新しく募集をかけなくなった代わりに、派遣スタッフをどんどん切っていきました。私もある時、派遣先の社員に呼ばれて面談を受け、契約更新は出来ないと告げられました。

正直このまま長く働いても、全然貯金は増えないので、お金を貯めるならもっと条件の良い仕事をしないとと言う思いはずっとあり、働き始めてからもずっと求人を見ていました。

ですがこれまで就活に苦労してきた事、私のパソコンスキルでも働ける事務職を探すのは大変だった事、給料は安くても社保に入れた事、とにかく無職ではいたくない事から、契約を切られるまで働きました。

女性が多い職場で、人間関係は小さないざこざはあるものの、食品工場のパート時代と比べたら人間関係で悩む事はほとんどなく、居心地が良かったのもこれだけ続けられた理由です。

Hちゃんは私が契約を切られる半年以上前に、自ら契約更新せずに退職しています。退職理由は
「時給安いから、もっと時給高い仕事がしたい」
でした。

NさんとOさんは、大型事務センターが終了する最後まで働いていました。

後にNさんから、Hちゃんの本当の退職理由は
「Hちゃらの部署も、仕事のミス多い人は契約切られていってるし。Hちゃんも切られる前に自分から辞めて行ったんやと思う」
と言っていました。

私とHちゃんとは部署が違い、仕事内容も異なります。なのでHちゃんの働きっぷりを全く知らないのですが、Hちゃんには思うところがあったのでしょう。

Hちゃんの部署を減らして、研修を受けさせて、私達の部署に異動して来る事が決まった時、Hちゃんも交替で研修を受けました。その後異動メンバーに選ばれると期待していたみたいで、発表があった時に異動メンバーの中に名前が入っていなかった事が内心ショックだったようです。

選ばれしメンバーは、恐らく研修の最後のテストの成績が良かったメンバー。Hちゃんは選ばれない=成績が悪いメンバーとして、ショックだったのでしょう。更にHちゃんは何度か仕事でミスをしていたので、切られる前に辞めようと思ったようです。

私はHちゃんか同じ部署に来てくれる事を期待していました。けれど異動にならないと知った時、Hちゃんは
「サーモンちゃん達の仕事はややこしいから、行きたくなかったし、良かった」
と言っていました。
ですがNさんは異動になり、Nさんには
「良いなぁ。異動出来て」
と言っていたそうです。

Nさんが異動して来て、Nさんとお昼を一緒に食べるようになりました。ですがまた直ぐにNさんは元の部署に戻る事になりました。また私はお昼を1人で食べるようになりました。

Hちゃんが辞めてからは毎日1人で帰っていました。

この頃は親にゲーム機を取り上げられたものの、こっそり3DSとソフトを買って、仕事帰りの電車の中で遊んでいました。家でバレないように充電だけしました。

母は元々ゲームをしないから、ゲーム機やソフトの値段を知らないのです。もしもまた取り上げられでもしたら、せっかく購入したゲーム機が勿体無いです。今度こそバレる訳に行かず、電車の中だけでなく、仕事帰りにマクドに寄ってコーヒーを飲みながらゲームをしたり、休みの日も図書館に出かけた後、マクドに寄ってゲームをしたりしました。

Hちゃんともソフトの貸し借りをしたり、Hちゃんの家でゲームをしたり、Iちゃんの家にもゲームをやりに行ったり、とにかくゲームばかりしていました。

ゲーセンは高校生から通うようになりましたが、社会人になってからはメダルゲームもやるようになりました。

家にいたくなかった私は、有給を取った日も仕事に行くフリをして出かけ、朝から朝マックを食べにマクドに行き、ゲームをし、その後ゲーセンに行きメダルゲームを長時間やり、音ゲーもやり、その後夕方までネットカフェで過ごしていました。

有給を取った日、いつも通り出かけるのが面倒な時は
「明日休みやから」
と伝えておくのですが、母は必ずと言っていい程忘れて
「いい加減起きやんな遅刻するで」
と起こしにきました。

その度に
「今日休みって言ったやん。寝かせて」
と怒ってました。母は
「そやった。忘れてた」
と言って部屋を出て行くのですが、毎回朝早くに起こされて迷惑でした。