里山と熊鈴と私(岩手山その2) | 里山と熊鈴と私

里山と熊鈴と私

朝寝坊と山を愛するあなたへ。日帰り、午後のゆるゆる登山。

 愛と感動の岩手山登山の続き。

 11:49、8合目(1,770m)の立派な避難小屋を出て、しばし、灌木帯を歩く。ここはシーズンには、お花畑になるそうだ。

 右にお鉢を、左側に広がる鋭利な火口の「へり」を見ながら進む。素晴らしい景色。

 12:03,ひっそりとした9合目の標識。

 ちょっと行くと、三叉路があって、ここが不動平。

 左手に不動平避難小屋が見える。そっちへ向かえば、鬼ケ城稜線から姥倉山、犬倉山、そして網張の登山口へと下っていく。このコースも魅力的だなあ。

 

 網張には昔、よくスキーに来たものであった。

 名前は忘れたけれど、ロッジに泊まって、仲間とワイワイしたのが懐かしい。

 

 あの夜は確か、日曜日だったと思うけれど、ダウンタウンの「ごっつ」をリアルタイム放送していて、「ゴレンジャイ」のコントに、仲間全員で涙を流しながら爆笑したのを思い出す。

 

 ああ、遠い日々。

 

 なあんて、ノスタルジーにふけっていたら、なんだか、にわかに腹の調子が変だ。ちょっと、吐き気もこみあげてくる。

 

 同時に、左足の腿がピキーン、と「つった」ような状態になって、異様な激痛で歩けない。

 

 あんれま、こんなの初めての体験である。

 足がつるのは、水分とミネラル不足からなんだそうだ。とりあえず、水筒の麦茶を喉に流し込む。

 

 2~3分後、なんとか痛みはひいてきた。

 

 うーむ。まだ道半ばだし、こりゃ、ちょっとまずいなあ。でも、ここで引き返すのも難しい。

 で、山頂方面へ、足をズリズリ引きずりながら進む。

 

 うっ、大きな石積みがあるあたりで、再び、今度は両足にピキーン。

 とにかく両腿をマッサージし、痛みが退くのを待つ。

 

 山頂への道は、V字に2方向に伸びている。ガイドブックによると、向かって右側の、岩場の道の方が楽だそうだけれど、そっちはちょっと混雑気味。

 

 なので、こんな体ながらも、左の火山砂の道にトライ。

 わあ、やっぱり、歩きにくい。

 歩いても歩いても、半歩分くらい、重力のせいで下に押し流されてしまう。

 ふうふう。人生はワンツーパンチ。ちょっと古いか。


 でも、景色は、絶品。遠くに見える秋田駒といい、この緑の盆地の広がりと言い、なんという美しさでございましょう。

 ふうふう、内輪山のへりにたどり着いたのは、12:43。そこにあった、大ぶりの岩にバババっと駆け寄り、腰を下ろす。ふうふう、荒い息。

 体調が普通だったら、この程度の勾配、なんつーことないのになあ。

 

 すでに頂上は見えている。えいっ、と腰を上げ、ズリズリ、ズリズリ。

 

 道端には、観音様か、お地蔵様か、権現様か、石碑が立ち並んでいる。とにかく進む。


 お鉢の中は、なんとも壮絶な風景。つい先日、爆発したといってもいいような、生々しい地球の活動を見て取れる。

 宮沢賢治先生の有名な四行詩「岩手山」の、「きたなくしろく澱むもの」ってのは、これのことかと、ちょっと感動。


 そんなこんなで、12:59、山頂に到着。

 360°、何ら遮るものなし。

 と、ここでまた足と腹の痛みがぶり返す。

 山頂で突っ立ったまま、右手で左腿を押さえ、体を斜めにしたままで左手でカメラを構える、デ・キリコのシュールレアリスム絵画のような格好で凝固するオッサンの姿があったのだった。

 

 ユーチューバーらしきオネエサンが、タブレットを駆使して撮影に勤しんでいる。独りでセッティングし、無理やり笑顔をつくってコメントを仰っている。ご苦労様です。

 

 とにかく座ろう。赤茶色の火山礫の中に足を投げ出す。

 

 雲海、晴天、日光、心地よい風。

 あちこちでバーナーが点火され、昼餐の宴が始まっている。

 そんな中、体調のおかしいオッサン1名。

 

 吐き気はようやく収まった。

 しばらく、何もしないで、ジリっと照りつく陽光の下、四肢を投げ出して時間を稼ぐ。

 ちょっと、まどろんでしまった。

 

 13:42,なんとか立ち上がる。

 来た道を戻るのが最短ルートなのだけど、せっかくなので、お鉢をぐるっと回って帰ることにする。

 

 ズルズルズルっと、ガレな道を下る。

 しっかし、こんな地形は初めて観た。

 なんというか、火口の中に、小さい、ボタ山みたいな、きれいな丘が、もう一つあるのだ。

 あちこちに建てられた石碑と相まって、宗教性すら感じる、何とも言えない景色。

 

 休み休み歩いて、30分ほどで、降り口にまでたどり着く。今度は、岩混じりの道を下山。確かに、こっちの方が楽である。

 

 8合目の避難小屋に着いたのは14時半過ぎ。ずいぶん、かかってしまった。

 ちょっとトイレを覗く。この標高の山小屋にあるトイレとしては、実に立派である。さすがは、天下の岩手山。

 ベンチで休憩。体調は、ちょっと戻ってきた。

 清水をペットボトルに詰め、さあ、下山開始。14:44。

 

 ここで、往路で会った高校生たちと再会。ピーチクと喧しい。こんな軽装で、山頂まで行って来たのか。若いなあ、と思う。

 

 14:54,七合目。ちょっとガスって来た。

 

 15:56,4合目。まだ日差しはじりじりと。

 このガレ場、とっても滑りやすくって、1回、大コケしてしまった。ふう、大事には至らず。礫を踏むとズリっと行くので、なるべく大きめの岩石を目当てに、慎重に次の足の出し方を判断する。

 

 と、そこに後ろから、2本ストックの年配の男性が迫ってきた。

 

 「この辺りは迷いやすいねえ。初めて来たけれど。」

 

 と、つぶやいて行ってしまった。

 

 その、下山テクニックには感心。ヒョイヒョイと、全く迷いなく進路を定め、1度もズリっと滑ったりすることもなく。あっという間に見えなくなってしまった。

 

 ふーむ。何か、歩き方にコツがあるんでしょうかね。


 陽が陰りはじめ、やや涼しくなった。3合目に着いたのは、16:11、2合目にはその10分後に着いた。

 1合目の分岐。来た道とは違う、森の中の道を行く。

 木の根が張り出していて、傾斜はそこそこ、そんなに困難な道ではない。だけど、子供連れだったら、沢沿いの道の方が、まだ楽かもしれない。

 

 そんなこんなで、17:08,登山口着。

 ふう。帰りは、足の痛みがぶり返すことはなかった。

 

 ここの豊富な湧き水でのどを潤せば、朝は見えなかった山の全体像がドーン、と。

 姿を見せてくれて、ありがとう。お邪魔しました。

 駐車場には、まだ20台ほどの車が。山中に泊まる人、あるいはキャンプ客だろう。

 

 山頂で撮影していたユーチューバーオネエサンは、横浜の人であった。

 車のわきにヨガシートを敷いて、整理体操に余念がない。

 

 小生は、ヨガどころではなく。とにかく靴を脱いで、車中に倒れ込む。

 ふうふう。

 

 それにつけても、こんなに山中で体調を崩すなんて、初めてである。

 ちょっと、無理し過ぎたか。

 これまでの、無補給・無休憩スタイルを、見直した方が良いのかなあ、とも思う。

 

 あっ、と目覚めれば、だいぶ陽は陰り。

 傍らのユーチューバーオネエサンの車は消えていた。

 

 では私も、この辺で失礼します。

 ありがとう、岩手山さん。

 

 いろいろあったけれど、良い旅だった。

 振り返りつつ、盛岡市街へと向かう。

 

 深田久弥先生が『日本百名山』で「盛岡の風景は岩手山によって生きている」と書かれているとおり、盛岡の街のどこからも、このどでかい山を見ることができる。

 そういえば、小生の母方のジサマは、ここの師範学校で学び、田舎の音楽教師になった。彼は、岩手山を見上げながら、オルガンでどんな音楽を紡いでいたのだろう。

 想像しながら、高速のインターへと向かうのでした。

(2022.9.11)