というわけで宣伝会議講師陣、第7位は神谷幸之助先生。
神谷先生は工学部卒ということで、メーカーに就職するものの、やっぱり広告が作りたくて半年で退職。友達の下宿に転がり込んだりしながら1年半くらいブラブラした後、働かないと生きていけない、というわけで入社を切望していたサンアドを受けるも撃沈。次に受けた東急エージェンシーに受かりコピーライターとしてのキャリアをスタート。TCC新人賞を受賞後フリーになり、ブラブラしていたら電通から声がかかる。自分的には「電通は偉そうだから」なる理由で行きたくなかったが、師と仰ぐあの仲畑さんに「お前、電通行け」と命令され入社。「タイは若いうちに行け」「タイ焼きの女」などのタイ国際航空の広告キャンペーンなどでヒットを飛ばす。当時、オヤジたちが○春ツアーなどに行くというイメージだったタイのイメージアップにも大きく貢献。
また、日韓サッカーW杯でスタジアムを青く染め、東京タワーをも青く染めた“青のキャンペーン”仕掛け人でもある。
04年夏、ナイキの広告などを手がけるワイデン&ケネディから誘われ入社。高校の時から目をつけていた田臥勇太とすかさず契約。ナイキのキャンペーン“IMAGINE”シリーズを手がけられている。
神谷先生は私のコピーライティングの少人数クラスの先生だった。
宣伝会議ではコピーライティングとCMの2つの少人数クラスを取るわけだが、私は絵が下手なのと、センスがないので、CM企画は正直かなりしんどかった(下手な絵コンテを書けば書くほど当初のイメージからはるかかなたに遠ざかっていくし、TVCFは私じゃない人が作った方がいいだろう!と思っていた・・・)。
なので、CMの方でお世話になった白土さんはランクインしてないが、白土さんが悪いとかそういうわけではない。白土さんは大学時代から演劇と映画にはまり、唐十郎、寺山修二、根津甚八、野田秀樹なんかにドップリいっていたらしい。特に寺山修二にはかなり深く傾倒しているようでして、機会があれば酒でも飲みながら話をもっと聞いてみたかった。
一方、コピーを考えたり、文章を書いたりするのは楽しくてたまらなかった。この辺で薄々(ああ、私は広告を作りたいのじゃなくてモノ書き業につきたいのだなぁ、でもたまたま今、広告業界にいるからこっちの方が近いんだろうなぁ)と冷静に判断している自分をなんとなく認識してはいたわけで。ちなみにラジオCMを企画して書くのはとても楽しかったですね。
おっと話が横にそれた。
神谷先生の作った作品やらメディアミックスのキャンペーンはほんとに秀逸です。絵もコピーもキャンペーンも全部できるし。コピーライターというよりはプロデューサーという感じ。
なにより神谷先生はハートの熱い方でした。ご自身が就職で苦労されているだけに(今でこそ笑い話にして話してくださいますが)苦労している人の気持ちをとてもよく分かってくださる。っていうか、そういう想像力のある人でないと、人の心を打つコピーなんて書けないんだなぁと実感。
神谷先生が紹介してくれた田臥勇太の言葉
「他人に自分の限界を決めさせたくなかった。」
173センチしかない田臥勇太は日本人初のNBAの選手となったのだ。
それ以上に田臥の言葉を大事そうにいとおしそうに一語一語丁寧に発音した神谷先生をまぶしく思った。
それと、先生が教えてくれたことがある。
人間は成功より失敗が多い
10%行けば良い方だ
だからこそ失敗した時に絶対後悔しない道を選ぶべきだと僕は思う
後悔をしないためには
“自分が何になりたいかをきめること”だ
僕は広告が死ぬほど好きだから広告を作っている
自分が好きなものが本当にどれだけ好きか試されている
多分、“達成できなかった何か”というのは、実はそれほど心から求めていたことではなかったということなんだなと思う。
“自分が何になりたいか”を決められない人というのは、それ以上でもそれ以下でもなく“今決めたくない人”なんだろうとも思う。
そして「死ぬほど好きだから広告を作るのだ」と言い切る神谷先生はまぶしくて
私はなにか大切なものをどこかに置いてきてしまったような気持ちになる。