>そんで、考えた結論はとにかくとことんホリエモンってことね。
>貧乏に生まれようが、やったらやっただけ儲ける・成功するみたいな感じ。
>古臭い考えで金を儲けようとしている香具師は氏ねと。
>金儲けはフェアにしようやってことよ。
“とにかくとことんホリエモン”ってキャッチコピーみたいでいいですねw
まあ、私も広告会社勤務なもんでおこぼれ預かっている業界ではあるし、放送局さまにはお世話になってますが、これからは放送局のいい枠(放送枠をどう押さえるかっていうのが代理店には重要問題)押さえることばっか考えて、卑屈になったりご機嫌伺ったりというエネルギーを別のところに向けていくということも必要なんじゃないかと。いいコンテンツを作ることに注力すれば、メディアはあとから付いてくるくらいに考えてもいいんじゃないかと。
スポンサーの皆様も「これからは視聴率ではなく視聴質の時代」と打ち出してますし。
と、ココまで書いて、うわー、知り合いに読まれてたら超こわいぜーと震える小心者のリーマン。
もし誰か知り合いの方こちら発見されても“大人の対応”でお願いします。“ブログの席の話”≒酒の席レベルで、ということで・・・。
今年は民放は開局50周年の記念の年。
50年前民放ができた当初は、当然高学歴のエリートは製鉄会社や電電公社(NTT)や銀行なんかに入って、破天荒な人が出来たての放送局に飛び込んできた、といいます。親会社の新聞社とかから出向してきた方々も当然いますが、ともかく平均年齢が若かった。だから次から次へと面白い物をドンドン生み出せたんだと思う。
当時はエリートのご子息なんかいなかったんじゃない?田舎から出てきた人ばっかでしょ。まあ、田舎の高校ではまあまあ出来て当時にしてはまあまあ裕福だった人たちが、戦後「なんか面白いことやったるでー!」と意気込んで早稲田あたり(今の早稲田とはニュアンスが違う)で苦学生やってから飛び込んだ世界だったんじゃないかなぁ。
で、自分らで番組をガンガンに作ったわけでしょ。
当時、抜群に面白い人たちがプライドかけて作った番組が面白くないわけがない。
今は放送局はお役所チックになってしまい、バラエティなんかは制作会社(=プロダクション)が放送局に指示を受けながら番組を作るのが多いじゃん。そりゃクオリティ下がるよね。もらう金の量(というよりはむしろ儲けに対する分配率)は人のモティベーションと確実にリンクしているでしょ。
やっぱり出し手=メディアのほうが熱いモノが出来ると思う。
スポーツなんかは放送局が直接広告会社と組んで熱く作るから、いまだに熱いしね(←と一応愛社精神とスポーツの振興への期待をアピールw)。
だから
「俺らもインターネットに取りかかろうと思ってたんだよねー。安ければお前らに発注してやるから適当にやってくれ。」
と言われるのと
それがライブドアなのかどうかは私はしらないけど、“自分らがコレの産み出し手なんだ”、と思って仕事をするのとじゃ、出てくるモノに差があるような気がする。
もちろん、今の放送局の社員は優秀な人が多いし(コネ入社組の方もそれはいらっしゃいますがそれはそれで別のメリットを現状はもたらしているのでしょう)、LDの社員が作るのと放送局の社員が本気でやったら、どちらが面白いモノ作れるのかは今の段階では多分、放送局の人がやった方が面白いモノが出来るような気がする。今後はわかりませんよ。人材の流動化が起きていますから。
問題なのは、放送局の人に“熱さ”が失われつつあること。
“驚くような高賃金を手に出来る会社“という捉えられ方が、他の全ての要素をさしおき、第一義になりつつあること。
となると色んな意味でそれに群がる方々が沸いてくるわけで。
で、公共の電波を使って、2チャンネラーみたいなレベルのことやっている(人のことは全力で叩き、自分のことになるとしらを切り、くだらない揚げ足)。
このデジタル化の時代に、一体、公共の電波ってなんなの?
私はNHKは受信料払わないやつは見れなくすればいいと思う。そもそも田舎のおばあちゃんたちは払っているんだから存分に朝の連ドラやら紅白やらニュースやら相撲やら見ればいい。
で、NHKネットとしてVODで課金制で見たい番組だけ見れる仕組みも並立させればいいと思う。
だからよく見る人は一定料金で見ればいいし、めったに見ない人は課金制の方をチョイスすればいい。地震情報だけ見たい奴とか、相撲だけ見たい奴とか。
国会中継なんてネット配信だけでいいんじゃないの?よっぽど面白いカードじゃない限りは。
ホリエモンの外国人記者クラブの記者会見の模様
が完全ノンストップでインターネット配信されてます。
これは面白かった。もうちょいマイクを近付けて話してくれるともっと良かった(特に出だし)。
ライブドアの会員で小一時間くらい時間あるやつは見たほうがいいよ。実に面白い。