全てのことには表と裏がある。
それがいいとか悪いとかじゃなくて、同じ事が起こっていても
立ち位置によって、見方は変ってくる。
悪いのは誰か?
悪いのは何か?
もしかしたら適性が不足していたかもしれない運転士は必死で運転した。
本当に必死で。
遅れを取り戻すために。平常心は失われた。
数人の乗客は運転士と車掌を強い調子で責めたという。
遅れた数分は彼らにとっては何らかの支障をきたす事態だったのだろう。
JRは強すぎる罰を持って十分な教育を与えていたつもりだった。
まるで罪人に対するかのように。二度と過ちを起こさないように。
そして、全く何も知らず何も思わず、列も乱さず、良心的に乗車していた多数の人々が逝った。
とは鉄道マンの合言葉だそうだ。
でも、
「安全」であることに慣れてしまった我々は、
その安全がどれだけ貴重で尊いものかということを忘れてしまいがちで
その安全は乗客である自分を含め、皆の協力のもとに成り立っているということも、忘れてしまいがちだ。
悪いのは誰か。
悪いのは何か。
そして、それを追求したあとに見えてくるのは何なんだろう。