1月30日  飯豊町の葉山神社見分

 先日1/19日飯豊町の里山を歩いて、葉山神社を見た。

 後日何故里から1時間近くも急な山を登った所に、2坪もの神社を造って祀ったのだろう?と思い、神社歴史が書かれている『飯豊史話36号』を再度丁寧に読んだ。
 歴史書には里にも有る葉山神社の写真が載っている。案内をT君に頼んで、現地で現物を見たくて出かけた。


・T君とのアポイントまで1時間位、ユリ園から里山歩きをする。

 ※スノーシューで足首上まで抜かり、重たい雪と高い温度で苦労する。

・中央の松から入った所が展望台  このポールには ↓

 

・この看板が有った。(前回2011/3/20写真)


 

 ※ここでタイムリミットになり、展望台に行かず引き返す。

 ※九十九折道をショートカットして下るが、小雪の為藪を踏む抜くと膝上まで抜かる。


  ★里の葉山神社
・正面   屋根左側は破損している。





・裏側   蔦のからまる神社になった。




 ★里のコンビニから見た、おわん形の葉山神社 


 ※歴史書では、里の葉山神社は『十二神将堂』と書かれている。
  昔は葉山神社参道の中腹にあったものを、いつの時代か山裾に移したもので

  ある。その山裾の神社もパイロット事業により、現在地へ移設された。
  ◎昔から『山の葉山神社』の分身的な、里の近場に有る『十二神将堂』を葉山

   神社と呼んだと推察するが?。

 ※T君が言うには、死者は葉山神社の山に昇り、その後高い山に昇っていく。

  そういう云われも有る。
  そう言えば飯豊では、近くの中観音堂の山は『ほとけ山』と呼んでいる。

 ※T君、急なアポイントに心良く対応して頂き、ありがとうございました。

 

 ※十二神将([じゅうにじんしょう)とは?、十二神。薬師十二神将。
  薬師如来につき従い、薬師経を行ずる人を守護する一二の夜叉大将。それぞれ

  諸仏を本地とし、順に子から亥までの一二時を守るとされる。

 ※神社・仏閣には知識も興味も余り無いが、里山深くに有るこの葉山神社には興味持った。

 おわり