1900年 - 神戸の観艦式で「軍艦行進曲」が初めて演奏された日になります。

『軍艦行進曲』または「行進曲軍艦」は、鳥山啓作詞、瀬戸口藤吉作曲の海軍軍歌「軍艦」に、大伴氏言立、東儀季芳作曲の「海行かば」をトリオに加え行進曲として成立した。
一般に「軍艦マーチ」として広く知られている。


1893年(明治26年)鳥山啓作詞の「軍艦」に曲を付けて軍歌とした。
その後、1897年(明治30年)頃に、准士官相当官の軍楽師だった瀬戸口藤吉が新たに作曲し、1900年(明治33年)に「軍艦行進曲」として誕生した。

初演は、同年4月30日、戦艦「富士」乗組の軍楽隊によって行われた。

戦前、盛んに演奏され、1941年(昭和16年)12月8日の日米開戦時にも繰り返しラジオから流された。

海軍省の制定行進曲であり、
現在、海上自衛隊でも、海上幕僚監部通達により儀礼曲の一として「軍艦行進曲」の名称で制定されていて、進水式や出港式典などで奏楽されている他、観閲行進曲として奏楽されている。

ミャンマー国軍の公式軍歌としても採用されている。
軍歌ミャンマー・ドゥーイェ・タッマドゥ(Myanmar Tot Ya Tatmadaw)は、軍が運営するテレビ局で毎朝の放送開始音楽にも採用されている。
大東亜戦争末期、日本で教育を受けたアウンサン将軍(アウンサンスーチーの実父)以下「三十人志士」を中心にビルマ軍は創設されたが、日本軍による教育の中で、多くの日本の軍歌を覚えたうち一番人気が「軍艦」のメロディーだったことに由来する。
アウン・サン将軍