多党化する政治 次世代見据え責任分かち合え
●リンク先・・・【2026年1月6日/読売新聞/社説】
多党化する政治 次世代見据え責任分かち合え : 読売新聞オンライン https://t.co/6ZHUako4hI
— ハイパー有明 (@FJEzaWEIntOhpqB) January 6, 2026
現在のわが国では政党が多党化しており、表面上は議論が活発化したかのようには見える。
それはそれでよいことだとは理解はするも、まとまりを見せないことが気にはなる。
多党化することにより、多種多様な意見などが出てくることになり、議論の内容なども活発化すると言われてはいる。
実際、現在の国会議員などの動きなどを見ていても、多種多様な政策などが持ち出され、実現に向けた協議なども行われてはいる。
ただ、どの政党も自身の政党の公約実現のためだけに動いてるように見え、団結する動きがみられないのが残念である。
昨年と一昨年の国政選挙にて、自民一驚は崩壊して少数与党に転落した。
そして政治とカネの問題などを巡り、これまでの連立相手だった公明党にも愛想をつかされて、連立解消される事態となった。
その後に自民党は維新の会との新連立を樹立はしたものの、どこかしらのぎこちなさも見え隠れしている状態にも思える。
連立は組んではみたものの、どちらの政党の独自色ばかりが目立ち、協調路線に見えてはこない。
五十代以上の方にとっては記憶にもあるだろうが、過去にもこの国では多党化した政権が国政を担ったことがある。
それは平成初め頃のことで、いわゆる『細川連立政権』のことである。
私自身にとっては初めての国政選挙で、選挙権の「投票権の行使」をしたので印象深いものではあった。
あの時も少数政党などが結束し、政権を担うことにはなったものの、短命に終わるという事態となってしまった。
もちろん、令和の多党化においては同じ轍を踏まない覚悟でのこととは思うものの、歴史は繰り返されるとの言葉もあるのも事実だ。
いわゆる、「二度あることは三度ある」とみるべきか、「三度目の正直」とみるべきかの判断に悩まされているわけだ。
その為、令和の多党化も平成の多党化同様、すぐに信用でき兼ねるのが私の第一印象と言うわけだ。
令和の多党化も、どの政党も独自色ばかりが前面に出ていて、成果ばかりを気にしているようにしか見えない。
多党化した政党を誰もまとめることがなく、自由気ままに公約実現に向けた動きばかりでは、実現するものでさえ実現できるはずがない。
まとめることに長けた人望や実力を持った者が現れない限り、令和の多党化も不発に終わるのではないかと感じるのだ。
それらを見極めるためにも、今後も多党化した状態の国会や各政党の動きなどを注意深く見ていきたいと思う。











