今回は、本の紹介
最近新書ベストセラーになった
【棺桶まで歩こう】萬田緑平 著 幻冬舎新書
ちょっとだけ目次の一部をご紹介
・病院で大往生はできません
・ちょこちょこ歩きだとそろそろ寿命かな?
・入院すると歩かないから早く死ぬ
・「80歳の壁」を超えるなんて恐ろしい
・水は飲めないがビールは飲めます
・一人暮らしの方がむしろハッピーに死ねます
・「孤独死」ではなく「孤高死」です
・リヴィング・ウィルの考え方ー治療しない意思も尊重する
・生まれたときは「おめでとう」死ぬときは「ありがとう」
・・・って、感じの本です
なんとなく内容がわかるかしら?
私は特に、【「80歳の壁」を超えるなんて恐ろしい】にとても共感しました
この著者は医者です
緩和ケア専門診療所をやっている方
外科医であり、多数のがん患者を手術したり多くのお年寄りを見てきた方ですから説得力が違います
下記に文中の一部をご紹介します
「僕にとっては80歳まで生きるることは、今一番のリスクです。(中略)たくさんの高齢者を見てきて、今の自分の記憶力などを考えると、80歳くらいになったらかなりまずい状態にだろうとわかるのです。だから、80歳まで生きるわけにはいかないと思う。」(本著96ページ)
とおっしゃって、健康診断も人間ドックなどは受けない、とか
いやぁ、ほんとにそう思います
私の両親は現在、父が92歳、母が89歳
どちらも要介護で、父は認知症で心疾患持ち、要介護2〜3相当、母は骨折きっかけで要介護4判定も、現在は要介護2〜3相当
母は今年2月、父の世話をすべく、入院先を強行退院
入院先ではちょっと歩けるようになったものの
病院食の不味さに辟易して激ヤセ
自宅に帰ったら食欲戻り、なんとかなっているものの
父の認知症進行にて母はものすごく大変
そんななか、私ら娘たちはヘルパーを提案するも母は拒否
「自分でできる、他人が来るのはイヤ」
じゃあ親族ならよい、ということなのだが、私ら娘2人はそれぞれ別のところに住んでおり、なかなか実家には来られない
初老の娘2人が交互に世話しに来ることも可能だが、
自分の家庭生活や仕事をどうしても犠牲にしなくてはならなくなる
精神的にマジキツい
なので、説得に説得を重ねて、ようやく最近ヘルパーOKとなった
最近の大きなできごとは、父の下の世話を4回したことかな
昨年まで父は自分でトイレはできたが、
今年春になって歩行がヨチヨチ状態となり、トイレに間に合わない時が…
しかも、認知症のため自分の粗相を覚えてない
父自身は自分がまだ80歳くらいだと思っているし
自分は健康だと思っている
おととい、浮腫があったため姉がクリニックに連れて行った
その時も「なんで行くんだ?」と、なかなか家を出ようとしない
歩いて数分のクリニックに行くのに1時間を要したというのだ
さて、無事に診察が終わり、薬が処方された
だが、利尿剤が効きすぎて頻尿になった
浮腫みは解消されたので、よかったが・・・
おむつを履かせるとき、父の局所の情けない姿も目撃するわけで、
父との楽しい思い出の集大成が「コレかよ」と悲しくもなった
やはり、実親の直接介護はキツい
関係性が近いほど、ね
父も母も多くの薬を飲んでいる
本にも書いてあったかと思うが、生きているのではなく
薬で「生かされている」感が否めない
その結果が、「介護」という現場なのかもしれない
健康寿命はだいたい75歳まで
それを超えて80歳も超えた時点のことを考えるとマジにゾッとする
私は目に病気を持っているので、命がその時まであったとしても、果たして物がちゃんと見えているのか、音が聞こえているのか、生活のクオリティが保たれているのか、甚だ不安
命よりも、死ぬまでのQOLがいかに大事かを本では一貫して語っている
上記目次のひとつ、「水は飲めないが、ビールは飲める」なんてね、そのことを表している
つまりはそういうことだ
私の両親も、健康茶ではなくノンアルビールよく飲んでいる(さすがにアルコールは飲めなくなったらしい)
私がいろいろ言ってもなんなので、私と同じような年頃の初老の人に読んでほしい本だ
多少の美談はあるものの、これからの本格的な老後を本気で考えて迫りくる超高齢社会に立ち向かうために
「棺桶まで歩いていきたい」と思う
できれば・・・ね。