父が亡くなって相続、ということになると
故人の出生から亡くなるまでの戸籍謄本を取り寄せるのは多くの場合行われる
相続登記の添付資料としてその戸籍謄本の原本を提出したのだが、
「相続関係説明図」なるものを同時に提出すると、
原本が返却してもらえる
私は最初、他には利用しないと思って面倒くさいやと、
原本返却を考えなかったが、取り寄せた戸籍謄本の内容を見ると、
思った以上に「面白い」ことがわかり、
後でじっくり見るために返却してもらうことにした
そして、相続登記が完了して「完了証」とともに戸籍謄本も返却された
あらためて父の戸籍謄本をみてみることに・・・・
そこには、私の知らない曽祖父の名前も登場する
いわゆるルーツを見ているようで楽しい
知らなかったことが多々あった
まず、祖父祖母は第1子が生まれると同時に、婚姻届けを出していること
それが大正14年(1925年)のこと
祖父の父は早くに亡くなっていて、祖父の兄が世帯主となっていたこと(内容から読み取っている)
父の兄3人は順番で毎年のように結婚独立していたこと
そして一番驚いたのが、
父は、今の東京銀座〜東銀座のあたりで出生したこと
まさか、父が銀座出身だったとはね・・・・
戸籍謄本には「木挽町」とある
いまその町名はないが、「木挽町通り」という通り名で残っている
ええっ!
私、そこを通ったことあるぞ!
今の実家も以前いた私が生まれ育った地域も郊外だったし、
父も都心に縁がないと思っていたのは、私の思い込みだったようだ
でも、木挽町にいたのは父が生まれて3年くらいだったようなので、その後、23区のひとつに引っ越している
そして、戦時中の東京大空襲で焼け出されて郊外に身を落ち着けることになるのだが・・・
この「焼け出された」話は父から聞いたので、戸籍謄本でも確認できた
郊外に引っ越したのはちょうど、昭和20年8月2日だったからだ
終戦ほぼ直前だった
その時の話をする父は本当に「大変だった」としみじみ語っていたのを思い出した
私も、今また思いを馳せる
昔の戸籍は手書きだったので、役人の癖字を読み解くのはけっこう大変だったけど、
父と祖父たちの歴史が少し垣間見えてかなり興味深かった
当面の間、この戸籍謄本は保管しておこうと思う
了