シングルマザーの第二の青春!

シングルマザーの第二の青春!

フルタイムで働くシングルマザーです。同居していた認知症要介護4の父親を令和5年3月に見送り、着物と盆栽をたしなみつつ第二の青春を謳歌しています。ときどき毒親に対する毒を吐いてます。

火曜日に

今年他の支店から転勤してきた

他の部署のA子(娘と同じ歳)が、

突然私のところにやってきた。


案件は、

わたしの作ったプレゼン資料のダメ出しだった。


実は今までも他の人から

A子がKUMAKOさんの作ったものを

ボロクソに言ってたよという話は聞いていた。


ちなみにボロクソに言っているのは内容ではなく

プレゼン資料の「表紙のデザイン」について。


それも、フォントが、とか、背景の色がとか。


もちろん支店長からはOK出ているし

ましてや社内プレゼンの資料の「表紙」の話なので、

ガン無視をしていた。


どうやらそれに我慢ができなかったらしく

わたしの資料を片手に


「こうじゃなくて、こうしてください!その方がみんなの関心を集めます!」


彼女は美術大出身。

私はもちろんデザインの素人。


でも、AIさんに手伝ってもらって作ってるし

なによりも

社内資料のプレゼン資料の表紙に

そこまでボロクソに言われる覚えもないんだけど?


でも

心の準備もなく

一方的にまくしたてられたのと


どうやらめんどくさい人だという噂を聞いていたのと


何より

私の危険予知センサーが最初から鳴り響いていたので


「わかった、今回は、そうするけど、一応私もこだわってつくってるのよ?」と答え、お引き取り願った。



私は若いからと馬鹿にしたり

自分がベテランだからと威張る気もないけど



今回ばかりはあまりにも失礼すぎで

腹の虫が治らず、

彼女の直属の上司に抗議した。


支店長の承認もらってるものに

なんでここまで言われなくちゃいけないのか。

そっちで止めてほしい!


はっきり言って私がここまで彼(もはや、上司も皆んな年下)に言ったことはないので、困ってたけど、


実は彼が1番彼女から「KUMAKOさんに直すように言ってくれ!」と責められていたらしい。


とりあえず私も、決裁通ったものは

彼女がなんと言ってきても直さないから!


そう宣言して終わりにした。



でもその後3日間くらい

彼女のことが頭から離れず。


夜寝る時も浮かんできて寝付けず。



あーー。

侵食されてるなーって思った。



腹が立つだけではなく


また来たらどうしよう

来たらなんて言って言い返そう。


ぐるぐる考えてしまった。


娘と同じ歳の子に

ここまで侵食されて

ファイティングモードになっているのは。




母とかぶったからだ。



あの一方的な感じ


絶対に自分の思い通りにさせようとする感じ


こちらの言い分や気持ちは全く考えず

ただ自分の気持ちを押し付けてくる感じ



今でこそ表向きは母と平和に暮らしているけど


それは私が距離をとっているのと

どうやら私は昔のようにはやってくれないことを

やっと感じてきたから。


でも私の中には

ちょっとでも油断したらまた侵食してくるかもしれない

また、攻撃してくるかもしれないと


母との関係は緊張関係



A子はそんな母親と重なったんだと思う。


さっきネットに載っていた記事を読んでたら

そんなことを思った。





彼女たちがどれほど母親の不幸を

聞かされ続けてきたかに驚かされる。

自分語りより母親語りが優位であること、

そうしなければ自分語りにはたどり着けない。

幼いころからの寝物語、入浴時、

買い物や料理などの家事の合間に、

母親は娘に具体的で生々しいことを

山ほど語って聞かせるのである。

そこには母自身の生育歴、親戚の情報、夫の親族、

夫の生育歴などが含まれるが、

それらが「苦労話」という

不幸語りの形式を取っていることが大きな特徴だ。


母がいなければ生存できない非力さとは、

母が全面的依存と愛着の対象であり、

すべての情報源でもあること、

つまり神にも等しい存在であることを意味する。

その母が2歳のころから日常的に自分の不幸を

語って聞かせれば、母が死んでしまわないように、

母がいなくならないように全力で吸収するだろう。

そして母を守らなければ、

私だけは母を裏切らないようにしなければ、

と誓うのである。


不幸な母には私しか理解者がいないのではないか」

「私が母を支え守らなければならない」と

娘が考えてくれるとしたら、

母にとってこんなパラダイスはないだろう。


父から母を守らなければという使命感で

押し潰されそうになりながらも、

その苦痛こそがいい子である自分の存在証明となる。

痛みこそが生きるための承認を与えるという

マゾヒスティックな構造に気づくのは、

ずっと後になってからである。


母が不幸しか語らないこと、

タブーのように幸せを語らないこと。

おそらく母はなんの罪悪感ももたずに、

あたり前のように語り続けている。

これが娘にとってどれほど怯えと緊張をもたらすか。

その残酷さを思うと、

「自分の不幸を聞かせ続ける虐待」という定義を

新設してほしいというグループ参加者たちの要求に、

納得させられてしまうのである。




実は私は、こんな経験(ここに書いてあることは、自分のことかと思った)って自分だけかと思ってた(誰に言っても驚かれるから)。


でも、そうじゃなかったんだな。


こんなふうに母のカウンセラーをやってきた娘は

同じような人間を引き寄せてしまう。


侵食して搾取する人間が寄ってきて

しかもそれに応えようとしてしまう。


私も母親の洗脳が解けるまではそうだった。


A子はまさにこのタイプで、

自分の不幸を、

聞いてくれそうな人に相手の都合も考えずに(仕事の邪魔をして)1時間も語り、

とりつかれた人が困ってる。


おかげさまでわたしは

3日で復活したし、

もう、彼女に振り回されるつもりはないけどね。


ただこのタイプの厄介なところは


なんの罪悪感ももたずに、

あたり前のように語り続けている。


だけではなく、

自分は常に被害者だということだ。


だから、否定したり拒否したりすると


逆上し

相手を徹底的に攻撃する。


とりあえず私にできるのは


自分で自分を守るために

境界をしっかり守ることしかないけどね