昨夜のこと

スマホに入れた新しいアプリに不具合が起きて

サインインできなくなる

ということが起こりました💦



サインインするために押せるところさえ

見つからない😓

検索して解決方法を探そうとしても

見つからない😓



けっこうな時間、格闘したんですよ〜💦💦




そのとき出てきたのが


「やっぱり私は機械モノが苦手。

 不具合を起こしたら対処できない」


という言葉でした😭





そうしてその言葉は


「私はやっぱりできない」


にフックをかけて

つながっていこうとしたんです💦💦💦




ちょっと待て〜



そこで

この「観念」がまだあったのか😱

と気づきました。





(今日は青と緑の写真をお届けします)






実はこのアプリを入れたときも

不具合が起こって

このネガティブな観念が出てきていたんです💦



そこで

『機械モノで不具合が起こる』

ことが現実に起こり


「ほらね、やっぱり」

と、それを証明する流れに

なることに気づけたのだったんですね😳




ただ、そのとき気づいたけど

アプリを入れることに必死だったので

その気づきは

さらっと流れていっていたのでした。




今回、この観念に

丁寧に向き合う必要が

あったのかもしれませんね。


(私のセラピスト魂的には

 絶対にしたいことだろうと思います)笑





(宅並山山頂にて)





『私はやっぱりできない』なんて

いかんいかん

そんな現実になることを私は望んでないよ❗️




だとすると今、私がコミットするのは



『このアプリを使う』ということ




昨夜は遅くなってしまって

眠たかったので

一旦スマホを置いて

寝てしまうことにしました😴




そうして今朝

解決方法を検索してみたけど

解決策は見つからなかったんです。



が❗️


思いついたことがあって

それをやってみたら




サインイン、できた〜っ🤣✨✨‼️




解決策なく自力で対処できたよ

私、すごいじゃん😆💕





(今年出会ったお気に入りの木)





ちょっと話が遡りますが


私は小学校の1年生のときから

算数が苦手で

「計算」ができなかったんですね😓



『計算が苦手』というものは

大人になってからも

大きく私に響いていました。




ですがセラピスト道に入り

生育歴において自己分析してくる中で


私はその『計算』が

実はズバ抜けて得意

だったことが分かりました😳✨❗️





私は生育歴において

母の顔色をうかがって生きてきました。




もとが自由奔放な私は

自分が思ったことを言い

表現していたわけですが


いつからか

私が母にとって

都合がよろしくない表現をすると


母にすごい顔で

にらまれるようになっていました😰




子どもはひとりでは生きていけません。


親に嫌われるということは

「生きていけない」と

結びついているんですよね。


大人になったらその感覚を忘れてしまいますが

大人には小さなことでも

親から拒否されることは

子どもにとっては死活問題なのです。




だから小さいときから

失敗したらにらまれて嫌われるという

切羽詰まった中で

ものすごい空気を読んできたんです。



私が言うこと、することで

母ににらまれない(嫌われない)ためには

今、母と私の前にいる人には

何を言って、どんな態度をとることが正解か...



一瞬の間に



そう計算するんです。





(古代蓮の葉)





一瞬の間に計算でき

その場がどうなるか分かる

(例え、大人数の親戚の集まりであっても)



だけど

それができるからといって

にらまれなかったかというと

それは逆で



分かるのに

失敗をする道を選んで

母からにらまれる現実を作り出していました。



「ほらね〜やっぱり」を

作り出してしまうのです😓



これが強化というもので


人はこうして思い込みを

証明してしまうのですね。


そして根強くしてしまうんです...




母からすると

にらむことで

私がコントロールできるわけですから


私が失敗する

→にらむ

→私が扱える


という回路も

完全に出来上がってしまいましたしね。





なので

私は一瞬で計算できてしまうという

計算が得意ではあるけれど


『私は計算が苦手』と思い込むことで



日頃、計算をしている大嫌いな自分


計算しているのに失敗し

母ににらまれる大嫌いな自分を


認めずにすんでいたわけです。




「私は計算が苦手だから〜」と

言い訳することで

ピンと張ったエネルギーを

逃がすことができていたんですね。




当時の自分に何が起こっていて

本当は自分は何が言いたくて

母にどう接してほしかったのか


母は母で何が起こっていて

こんな態度をとっていたのか


私と母をワークでどちらも体感してみて

表現できたときにこの

『思い残し』は昇華され


それまで

私と母の間につながっていたエネルギーを切り


新しいエネルギーで

つながり直すことができたのでした☺️







この幼少期からの体験は

私と母の間で、お互いに体験し学ぼうと

魂的には了解していたと思います。



一瞬の間に

これだけの回路を通って

自分とまわりの人の空気(エネルギー)を感じとり

計算ができる


母はその素地を

作ってくれる役割を

買って出てくれたんですね。

(もちろん母は無意識ですよ)



算数ができない大嫌いだった自分は

そんなすごい計算ができる大好きな自分に

なりました。



こんな感じで母との間にあるエネルギーを

破壊して再構築してきたので


私をにらむ母

コントロールする母

支配しようとする母とは

つながらなくなり


(母にそんな顔がなくなったわけでは

 ないと思います。つながらなくなったのです)



今では母は私にとって

すばらしいエネルギーの持ち主である

愛する母になりました。




苦手な自分、嫌いな自分を見ていくと

こうして自分を守るために

あえて閉じている

また、あえて閉じることまでできるという


実はそれがめっっちゃ得意とする

すごい自分を

見つけることができるかもしれません😊




苦手は得意の入り口🚪✨


可能性の宝石箱かもしれません💎✨




それに

本当はコミットすれば

できるのですよね👍✨