NHK大河「太平記」を見る~1
以前からずっと見たいと思っていたNHK大河ドラマ「太平記」を見始めました!
群馬に住んでいる以上見るべき大河No.1でしょう。
(新田義貞をひいき目に見ます!)
全49回でまだ途中ですが・・・
色々とややこしい時代の話なので自分の中のまとめの意味も込めて。。
「太平記」は1991年のNHK大河ドラマ。(20年前!)
鎌倉時代末期~南北朝時代の動乱期を室町幕府初代将軍・足利尊氏を主人公に描いたドラマです。
足利尊氏役は真田広之。(20年前の真田広之かなりかっこいい!)
撮影は主に栃木県足利市・群馬県太田市で行われました。
足利氏発祥の地・足利荘(足利市)と
足利尊氏のライバル新田義貞(新田氏)発祥の地・新田荘(太田市)です。
足利市には鎌倉や京都の町並みを再現したオープンセットが、
太田市には武家屋敷(足利氏・新田氏・楠木氏)のオープンセットが作られたそうです。
鎌倉時代とは朝廷と幕府という2つの権力が日本を二重に支配していた時代。
さらにこの時代、朝廷(天皇家)は後嵯峨天皇の2人の皇子の皇位争いを機に分裂。
幕府は2つの皇統が交互に天皇を即位させることとしました。
ドラマは96代後醍醐天皇の時代です。
幕府は?というと、将軍の地位は形式的なものに過ぎず
事実上のトップは「執権」職の北条氏です。
更に北条家内部でも「得宗」と呼ばれる嫡流が尊ばれ幕政を私物化。
ドラマは14代執権の北条高時の時代ですが、高時は闘犬や田楽に興じ
幕政は内官領(執事のようなもの)である長崎円喜に牛耳られています。
北条得宗家の専制強化によって多くの御家人が失脚・滅亡していく中
源氏の血筋であり北条氏との縁戚関係を続けた足利氏は
この時代有力な御家人としての地位を確立、他の御家人からも多くの支持を集めました。
しかし同祖の関係にある新田氏は、鎌倉幕府に非協力的で反抗的だったとされ
幕府から冷遇され続け、地位は低く、公式の場で源姓を称することさえ許されなかったとされています。
ドラマの中でも新田義貞が足利貞氏に対し
「新田は貧乏御家人、力もなければ、思いもない」と語る場面が印象的です。
またドラマ冒頭で幼い足利尊氏と新田義貞が渡良瀬川付近で出会うシーンがありますが
実際足利尊氏はその生涯において一度も足利荘(足利市)に足を踏み入れたことがないと考えられています。
悲しいかな、群馬栃木で撮影するも、舞台はやっぱり鎌倉・京都です・・・。
とりあえず今日のまとめはここまでにしておきます。。