日々のトレードお疲れ様です~~
最近は株以外のことでいろいろ忙しいのですが、バーチャで訓練続けとります。
見続けんと、見えてこないもの、会得できないものってあると思うのでね。
最近は日経14000を守りきって、市場にお金が戻ってきている感じですね。
今日はソフトバンクのロボットがどうので、それ関連で訓練してましたが、ミクシィやらホットリンク(←いまだに何の会社かしらない)なんかも見てました。
さて、
去年から今年はじめにかけて、同じミスの繰り返しで、自分にもうんざり、口座残高にもげんなりしてたわけで、訓練を繰り返しているうち、ちょっとずつ自分のトレードスタイルが変化しているのはわかるけど、最近、
「結局人って変われないんじゃないか??」
って思うようになってた。
人の一生なんて、生まれた瞬間からDNAに刻まれてるし、ばかはばかのまま、天才はいつまでも天才でい続けるのでは?って思った。
塾に行ったって、ばかは治らない。
塾に行かなくたって、秀才は常に上位に鎮座する。
トレーダーの両津さんなんか見てると、ダメなトレーダーはダメなんじゃないかと。
ふつーに働いて、お金こつこつため、ビンボーながらも子どもでもつくって、ふつーに暮らしてデブになってジジィになったほうが楽なんじゃないかと。
でも、1つ気づいた。
「努力しなくても、だれにでも訪れる変化がある」と。
それは加齢だ。
人は年齢を重ねることにより、技能はもちろん、価値観や性格まで変わる。
先週奈良に行く機会があって、東大寺やら興福寺やらに行ったけど、正直この文化物のすばらしさを、修学旅行なんかでやってきた中学生には到底わかるまい。
いろいろな僧の像や菩薩像を見て、虚ろではないけれど、こういう落ち着いた無の気持ちというのをトレードのときにももてるようにならなくちゃと思った。
去年の強い相場からクセが抜けず、高値づかみ、いわゆるJCが治らなかった。
歩み値がざわつき、噴いたあとに盲目的に跳びつき、売り叩かれるというのを繰り返した。
でも、最近では高値づかみがほんとに減ってきた。
まだまだ完璧ではないけれど。
もちろん強いものは高いと思っても買いにいけるようにしなくちゃいけない。
昔だったら、高いと思った瞬間盲目的に空売りし、丸焦げになった。
「買いたい」とか「売りたい」とか、「売りたくない」とか「ポジりたい」っていう感情は、市場が個人を食うためにつくり出されるもの。
だから、それに踊らされちゃいけない。
人がまだ見向きもしないものに侵入し、トレンドをしっかり掴み、買いがいるうちに売り逃げる。
まさに「人の行く裏に道あり花の山」だ。
実は去年、お祭りが始まる前に入り、お祭り中は出ることを考える、みたいなのは考えていたときがあった。でも、それからてきとぅに勝て始めて、トレードが雑になっていってしまった。
自分のトレードの軸となる部分がまだない状態だったんだと思う。
今は少しずつ分かって来た気がする。
ポジるべき時と、静観すべきときと。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順がう。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
孔子はりっぱだ。
おれは30にして立てるだろうか。