3月11日。
東日本大震災から1年。
私は気仙沼にいました。
昨年、震災発生直前までご一緒に気仙沼でロケをしていた
サンドウィッチマンさんの番組「サンドのぼんやり~ぬTV」
1年が経ったこの日。
気仙沼からの生放送に出演しました。
サンドウィッチマンさん、生島ヒロシさんと、
気仙沼漁港や仮設店舗の紫市場、cadoccoから生中継。
子供たちと夜に紫神社で灯すロウソクを作りました。
そして、「僕らの声」の生演奏をしました。
「サンドのぼんやり~ぬTV」ご覧頂いた皆様ありがとうございます。
生出演のあとは市民のひとりとして、
気仙沼市の東日本大震災1周年追悼式へ。
本当に信じられないことが起きた1年前。
受け入れられない、受け入れたくない、
犠牲になられた方々のこと。
そして未だに行方不明の方々。
お世話になった人、可愛がってくれた人、
おんちゃん、親友のパパママ、先輩、後輩。
なんで、居なくなってしまうんだろう。
なんで、人は死んでしまうのだろう。
悲しくて悔しくて、行き場のない感情。
生かされたこと。
残された私たちの想い。
あなたへの誓い。
気仙沼市からのご依頼をお受けし「雲の遥か」を献唱させて頂きました。
そして、気仙沼の高校生の合唱団の生徒さんたちと、
参列された約3000人の市民の皆さんと「ふるさと」を献唱しました。
追悼式が行われる前は、文化放送さんの生中継に出演したり、
参列された生島ヒロシさんにもお逢いしました。
1年という月日の重みを考えさせられました。
夕方には市内の鹿折地区の仮設店舗に呼んで頂きました。
3月10日・11日にグランドオープンした「復幸マルシェ」です。
寒いなかたくさんの皆様にお集まり頂きました。
大津波、大規模火災で、甚大な被害に遭った鹿折。
心待ちにしていたお店が再開していくことが本当に嬉しいです。
仮設という形でオープンするまで365日。
どれだけのご苦労があったでしょうか。
ここからまた、一緒にふんばっていきましょうね!
またゆっくりお邪魔させて頂きます。
夜には、紫市場から生中継されたTBSさんの番組に生出演しました。
みのもんたさんが司会でお馴染の朝ズバの特別番組です。
「 朝ズバッ!絆スペシャル巨大津波
…私は生きた 語り継ぐいのちの記録」
番組のエンディングで「雲の遥か」を弾き語りしました。
昨年のあの日みたいに、とても寒い夜でした。
ときどき雪が舞い降りました。
こんな形で気仙沼から歌わせて頂くことになるなんて、
考えたこともありませんでした。
番組終了後、みのもんたさんと、サンドウィッチマンさんと。
本当にありがとうございました!
1年という月日は節目というだけで、何も変わりはありません。
でも、確かに歩いてきた日々でもあります。
もがきながら、泣きながら、迷いながら、一歩一歩。
昨年、震災に遭ったときに居た場所。
アンカーコーヒーさんへも行ってきました。
文化放送アナウンサーの邦丸さんもご一緒に。
アンカーコーヒースタッフの皆様とも、また再会することが出来ました。
当時とは違う場所での仮設店舗「復興小町」のなかの店舗として復活されましたが、
女子高生がお勉強してたり、読書をする方がいたり、とても多くのお客様で賑わっていました。
スタッフさんからのリクエストで、恐縮ですが、
アンカーコーヒーさんの壁にサインを書かせて頂きました。
そして、驚くべき出来事がありました!
震災発生14時46分。
テレビロケ終了後、一緒に写真を撮っていた女性。
(当時の写真)
なんと、先日3月10日。
偶然にお逢いしたんです!
1年ぶりの再会でした。
お互いにビックリして叫んでしまいました。
彼女の旦那様とご一緒に、また写真を撮りました。
(旦那様は、私の中学時代の後輩くんでまたまた驚き!)
逢えてよかった。
いっぱい幸せになってね。
この1年間、支えて下さった皆様へ改めて感謝を申し上げます。
この日は、お仕事に関係なく気仙沼に居ることをはじめから決めていました。
ご配慮下さったスタッフの方々、ありがとうございます。
しかし、こうして様々なメディアへの出演や献唱を担当することになり、
私なりではありますが、精一杯に務めさせて頂きました。
1年が過ぎ、また1日1日。
季節はまわり巡っていくのでしょうね。
この先もずっとずっと自問自答はつづいていくと思います。
何が正しいのか、何が正解かなんてわからないけれど、
全身全霊で、毎日を生きて、
私なりに何かを伝えていけたらと思います。
まだ、はじまったばかりなんです。
ここから、また新たな決意を胸に。
こんな私ですが、どうか今後ともよろしくお願い致します。
東日本大震災から1年。
私は気仙沼にいました。
昨年、震災発生直前までご一緒に気仙沼でロケをしていた
サンドウィッチマンさんの番組「サンドのぼんやり~ぬTV」
1年が経ったこの日。
気仙沼からの生放送に出演しました。
サンドウィッチマンさん、生島ヒロシさんと、
気仙沼漁港や仮設店舗の紫市場、cadoccoから生中継。
子供たちと夜に紫神社で灯すロウソクを作りました。
そして、「僕らの声」の生演奏をしました。
「サンドのぼんやり~ぬTV」ご覧頂いた皆様ありがとうございます。
生出演のあとは市民のひとりとして、
気仙沼市の東日本大震災1周年追悼式へ。
本当に信じられないことが起きた1年前。
受け入れられない、受け入れたくない、
犠牲になられた方々のこと。
そして未だに行方不明の方々。
お世話になった人、可愛がってくれた人、
おんちゃん、親友のパパママ、先輩、後輩。
なんで、居なくなってしまうんだろう。
なんで、人は死んでしまうのだろう。
悲しくて悔しくて、行き場のない感情。
生かされたこと。
残された私たちの想い。
あなたへの誓い。
気仙沼市からのご依頼をお受けし「雲の遥か」を献唱させて頂きました。
そして、気仙沼の高校生の合唱団の生徒さんたちと、
参列された約3000人の市民の皆さんと「ふるさと」を献唱しました。
追悼式が行われる前は、文化放送さんの生中継に出演したり、
参列された生島ヒロシさんにもお逢いしました。
1年という月日の重みを考えさせられました。
夕方には市内の鹿折地区の仮設店舗に呼んで頂きました。
3月10日・11日にグランドオープンした「復幸マルシェ」です。
寒いなかたくさんの皆様にお集まり頂きました。
大津波、大規模火災で、甚大な被害に遭った鹿折。
心待ちにしていたお店が再開していくことが本当に嬉しいです。
仮設という形でオープンするまで365日。
どれだけのご苦労があったでしょうか。
ここからまた、一緒にふんばっていきましょうね!
またゆっくりお邪魔させて頂きます。
夜には、紫市場から生中継されたTBSさんの番組に生出演しました。
みのもんたさんが司会でお馴染の朝ズバの特別番組です。
「 朝ズバッ!絆スペシャル巨大津波
…私は生きた 語り継ぐいのちの記録」
番組のエンディングで「雲の遥か」を弾き語りしました。
昨年のあの日みたいに、とても寒い夜でした。
ときどき雪が舞い降りました。
こんな形で気仙沼から歌わせて頂くことになるなんて、
考えたこともありませんでした。
番組終了後、みのもんたさんと、サンドウィッチマンさんと。
本当にありがとうございました!
1年という月日は節目というだけで、何も変わりはありません。
でも、確かに歩いてきた日々でもあります。
もがきながら、泣きながら、迷いながら、一歩一歩。
昨年、震災に遭ったときに居た場所。
アンカーコーヒーさんへも行ってきました。
文化放送アナウンサーの邦丸さんもご一緒に。
アンカーコーヒースタッフの皆様とも、また再会することが出来ました。
当時とは違う場所での仮設店舗「復興小町」のなかの店舗として復活されましたが、
女子高生がお勉強してたり、読書をする方がいたり、とても多くのお客様で賑わっていました。
スタッフさんからのリクエストで、恐縮ですが、
アンカーコーヒーさんの壁にサインを書かせて頂きました。
そして、驚くべき出来事がありました!
震災発生14時46分。
テレビロケ終了後、一緒に写真を撮っていた女性。
(当時の写真)
なんと、先日3月10日。
偶然にお逢いしたんです!
1年ぶりの再会でした。
お互いにビックリして叫んでしまいました。
彼女の旦那様とご一緒に、また写真を撮りました。
(旦那様は、私の中学時代の後輩くんでまたまた驚き!)
逢えてよかった。
いっぱい幸せになってね。
この1年間、支えて下さった皆様へ改めて感謝を申し上げます。
この日は、お仕事に関係なく気仙沼に居ることをはじめから決めていました。
ご配慮下さったスタッフの方々、ありがとうございます。
しかし、こうして様々なメディアへの出演や献唱を担当することになり、
私なりではありますが、精一杯に務めさせて頂きました。
1年が過ぎ、また1日1日。
季節はまわり巡っていくのでしょうね。
この先もずっとずっと自問自答はつづいていくと思います。
何が正しいのか、何が正解かなんてわからないけれど、
全身全霊で、毎日を生きて、
私なりに何かを伝えていけたらと思います。
まだ、はじまったばかりなんです。
ここから、また新たな決意を胸に。
こんな私ですが、どうか今後ともよろしくお願い致します。